竜髭香

<竜髭香>

 聞いたことがある。てか、見たことある。俺の爺さんが『健康にいいから』って言ってよく煎じて飲んでたすげ~変な臭いのする漢方薬だ。

「なんだ、それなら漢方薬局で売ってるとこ知ってるよ」

「ほんと?」

 俺の言葉に、彼女は、何故か寂しさとある決心の入り混じった顔をした。

「じゃあ…じゃあさ、悪いけど、私に買って来てくれない?」

「分かった。きっと持ってくる」

 約束して手を振ったけど、彼女の顔からは何故か寂しさが消えない。

 不思議に思いながら俺は、それでも漢方薬局へ行って、その薬を買った。

 高校生の俺には、200グラム7000円は痛い出費だった。だけど、これで彼女が悦ぶんならお安い御用だ、そう思って。

 …どうやって使うのかは予想すら出来なかったけど。


 そしてクリスマスイブ。明日が県大会だっていう日。

 選手達は大事を取って休みってことで、部活はない。俺は大急ぎで川へ走り、彼女を呼び出した。

「これ。で、この服と靴」

「…嬉しい。ありがとうね」

 姉貴にさんざん冷やかされて、それでもアドバイス通りに店をかけずり回って選んだそれを、俺が彼女へ渡すと、彼女は涙さえ浮かべて大事そうにそれを受け取った。

 服を探すのに時間をかけすぎて、そろそろ日が暮れかけている。

「はい。こっちが、竜髭香」

 漢方薬が入った小さな紙袋を手渡すとそれを受け取りながら彼女は、

「あ。うん…向こう、向いててくれる?」

 なんか照れくさそうに言って、俺もそれで察して、

「あ、ごめん」

 思わず双方、真っ赤になった。俺はそっぽを向いて両手で目を隠した。

 そして待つことしばし。

「いいよ」

 その声に振り向く。そして言葉を失った。

 街の光を水がはね返している。その光を受けて、ドレスを着ている彼女の姿は、本当に綺麗で。

「あはは、どう? 似合うでしょ?」

 照れながらそう言った彼女へ、俺も照れながら、

「うん、すごく似合うよ」

 言葉を返す。すると彼女はポロポロと涙をこぼし始めた。

「ど、どうしたんだよ!?」

 慌てて俺は、その体を抱き締める。初めて抱き締めた彼女は、とても小さくて、細くて、頼りなげだった。

「ううん、なんでもない。ねえ」

 涙を拭いて、彼女は俺の顔を見上げる。

「人間がする、デートってやつねえ。してくれない?」

「いいよ、もちろん!」

 水泳法を教えてくれたから、っていうだけじゃない。いつの間にか、人魚と人間っていう『種族』の違いを超えて、俺は彼女を大事に思い始めていたことに、その時やっと気付いて、俺は大きく頷いた。


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