何者?

 双方、固まったまましばらく時間が過ぎた。

「君…誰?っていうか、何者?」

「見りゃ分かるでしょうが」

 俺の問いに、彼女は頬を膨らませながら答える。

「なんで貴方には見えるの?」

「そんなの知らないよ。それよかそれ…本物?」

「失礼ねえ」

 彼女はいまいましそうに尾ひれをぴしゃんと水面に叩きつける。

「もっと南のほうへ行くつもりだったのに、道に迷っちゃって、川を遡っちゃったの。ここの水ってまずいし、サイテー」

「そ、そう…それじゃ俺、これで」

「あ、待って」

 そそくさと立ち去ろうとする俺を、彼女は慌てて呼びとめた。

「貴方、またここに来んの? うん、来てよ、ね? タイクツで仕方ないの。ちょっとでもいいから、話し相手になってよ」

「分かった」

 分かった、も何も、毎朝のルートじゃないか。それに、人魚の割には言ってることがどこか人間くさいし、

『道に迷うなんて、自分もドジじゃんかよ』

「毎朝ここに走りに来てるんだ。俺で良かったら、話し相手になるよ」

「ありがとう! 人間の世界ってものすごく興味があるのよね! よろしく」

 俺がため息をつきながら言ったら、彼女は嬉しそうに手を振った。

 …それが俺達の出会いだ。

 そして何故か彼女は、それから五ヶ月も経つのに正しい道を探そうとせず、その川に居座っている。

 だから俺も、せがまれるままに人間の世界のことを話した。

 高校生活のこと、クラブのこと、それから…。

 俺の話を黙って聞いてくれている彼女は、時折すごく羨ましそうな顔をする。

「その…君の行くところ? ってとこに、行かなくていいのか?」

 俺がたまにそう尋ねると、

「道が分からないのにどうやって行けっていうの」

 必ずそんな答えを返す。

 俺がクラブのことで悩んでいたときも、水の中から手を伸ばして、俺の頭を撫でた。ガキじゃないんだから、なんて思ったけど、彼女の手は優しくて…。

 なんと水泳法のアドバイスまでしてくれて、俺の実力はぐんぐん伸びた。さすがは人魚だ。

 だからクリスマスイブまであと3日って日。

「なあ、何か欲しいものってないか?」

 俺が尋ねると、彼女は一瞬だけ顔を輝かせて、そして力なく首を振った。

「ある…けど、私には叶わない望みだから」

「そんなこと言わずに、言ってみなよ。何が欲しい?」

 俺がたたみかけると、彼女は寂しそうな笑顔で、

「靴」

「ああ…そうか」

 俺は思わず彼女の尾ひれに目をやる。

「足…が、生える方法とかって、知らないのか?」

「竜髭香っていうのがいるって。だけど私達の世界じゃ、手にはいらなくて」


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