母の恋愛掌編・短編集
せんのあすむ
水妖
人間って
「あ、また走りこんでるんだ。おはよ」
水の中から、夏に知り合った彼女が声をかけてくる。
「やあ、おはよう。寒くても走らないと、体がなまるからね」
「不便なもんなのねえ、人間って」
彼女は、尾びれをぴしゃんと水面に叩きつけながら言う。
その水面に、ようやく昇りかけてきた冬の朝日が照りつけて、
「君こそ、水の中にいつもいて、寒くないのかよ」
『わ…なんだかすげえ』
眩しくて俺が思わず目を細めながら言葉を返すと、
「そりゃ、人間とは体のつくりが違うもの。平気よ」
見た目は同い年、だけどきっと俺よりもずっとずっと年上なんだろう彼女が、冷たそうな水を、綺麗で長い栗色の髪の先から降り零しながら笑う。
…もうすぐクリスマス。同時に県大会が近づいてきていて、俺が所属している高校の水泳部も、慌しさのピークに達していた。
もちろん、出場する俺も水泳一色。
早朝と真夜中のロードワークは、体力をつけるために欠かせない。
彼女に出会ったのは、やっぱりこの川。まだ朝だっていうのにもう暑い、夏のロードワークの最中だったんだ。
最初は冗談かと思った。俺の目がどうかしたのかと思った。
だって彼女は…彼女は人魚だったのだから。
あの時も俺は、
『あちい…たまんねぇ』
心の中でブツクサ言いながら堤防の上を走っていた。
踏み切りをくぐって、それから河川敷の広がる場所へ出て、
『朝からガキは元気だよな』
なーんて思いながら、多分ここいらへんの近所に住んでるんだろう、ガキらがやってる早朝野球を微笑ましく見て、その側を通り過ぎようとした瞬間、
「うお!?」
がいん! って、頭に何かがぶつかって、思わず目から火花が出る。
思わずつんのめって地面に手をついた側に、野球のボールが転がって、俺はそれをひっつかみ、辺りを見回した。
「す、すみません! ごめんなさい!」
「…気ぃつけな」
「は、はい!」
小学生のガキが、必死扱いて謝ってるのに怒るのも大人気ない。
『マジ、目から火花って出るもんだ…クソ痛ぇ』
痛いのを我慢して走りつづけようとした時、
「ほんっと、ドジだよね。人間って」
波打ち際のほうから、そんな声が聞こえてきたんだ。
「あんな時だって、私達なら素早く避けられるのに」
その声は、葦だかなんだか知らないけど、俺の胸んとこまで高さのある草が一杯生えてるところから聞こえてくる。
どんなヤツが言ってるのか、その顔を見てやろうと思ってそっちへ近づいて、俺は言った。
「どこのどいつか知らないけど…!!」
「!!」
…後で聞いたところによると、彼女も相当驚いていたらしい。
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