幼馴染と赤い糸で結ばれつつ、精神的排泄
森下凛との腐れ縁はかれこれ十年にはなるだろうか。
小学校二年生ごろに席が隣同士になり、溌溂とした少女は僕の筆箱から消しゴムを抜き取ってぽーいと床に放る。なにするんだよ、と僕が言うなりけらけら笑って「はい、消しゴム拾ってあげましたー」なんて運命の消しゴム拾いを自ら演出する茶目っ気のある娘だった。
そんな彼女が最初は変な存在に思えた。
どうしてこの子はこんなに馴れ馴れしいんだろう。
うざったいなあ、ずっと喋りかけてくるし。
そんな事を思いながら次の席替えを迎えた。
席替えで席順が新しくなって、彼女と距離が開いてしまうと……それはそれでそわそわした。
凛はいつでもだれにでも、快活で溌溂で、楽しそうに笑うものだから。
三年生、四年生と同じクラスでときどき同じ班や近くの席になった。
でも不思議と隣同士にはならなかった。
彼女となにかしらの縁を感じたのは、通学路にあった。
同じ地域に住んでいて、家がちょっと近いことに気づいた。
彼女と登校班は違ったけれども帰宅する道順がほとんど同じだったのだ。
凛は「家近いじゃん!」と嬉しそうに笑ってくれたし、僕も嬉しかった。
一緒に帰るようになって、同じ公園で遊んだりして、彼女が好きな漫画とかドラマとかをどちらかの家で読んだり見たりした。
五年生と六年生になってもその関係は続いて、僕らは地域の中学校にそのまま上がった。
思春期はあった。
凛は女の子だけど、他の女の子とは違う存在だった。
ほかの女の子は性的に見たりすることが出来たけれども、凛は近くにいすぎてありがたみが薄いというか、性的な対象として捉えることが出来なかった。
中学一年の時はクラスがわかれた。
二年生の時に一緒になって、中間考査とか期末考査の対策を僕の家でやったりした。
その時に彼女はよく聞いてきた。
「男子がさ、すっごく変な話してるじゃん。ほら、サッカー部の井上くんとか」
批判的に話しているのに、井上のことはくん付けだった。
スケベで名が通っている井上であるから、彼が大声でどんな話をしているかは想像がつく。それを凛が聞いて、どう思ったのか……それはすごく興味があった。
凛は男の子は普段からそういうことを考えたりしているのか。
私の事をそういうふうに見たことがあるのか。
付き合ってる子はいるのか、とか……たくさんいろいろなことを聞かれた。
僕はどう答えていいのかわからなかったし、恥ずかしかったから、正直に気持ちを伝えたりすることはしなかった。どこかはぐらかしたり、ごまかしたり……。
しまいには「凛は凛だろ。そういう関係に、僕らがなるのは難しいよ。だって、友達だろ」と言ってしまった事がある。彼女は嬉しそうに「そうだよね!」と言ってくれたけれども、それを思い出せば出すほど、胸が苦しくなる。
きっと彼女の方が異性に対する意識の芽生えが早かったのだ。
僕は凛は凛である、という小学生の感覚から抜けきらなかった。
凛は女の子で、これほどまでに僕の近くに居てくれる……大切なひとであるという気づきが、遅かった。
僕にもそうした気づきが到来したのは、同じ高校に入った矢先だった。
必死に勉強して凛と同じ地域の公立高校に入った。
どうしてこんなに頑張って勉強しているのだろう。いや、とにかく受験に合格しなくちゃいけない……。
盲目的に高校受験を乗り越えて、その先に見えたのは……高校生になった凛の姿だった。
僕は入学して、五月のゴールデンウィーク前に彼女に思いを伝えた。
「僕はきっと凛の事が好きなんだ」
彼女の返事は明瞭だった。
僕らは付き合うことになった。
そうして、僕は初めて彼女とキスをした。
異性とキスするのは初めてだったし、凛の手がこれほどまでに温かくて柔らかいのだと知った。
週末は映画を見たり、公園へ出かけたり、いろいろなところへ出かけた。
精神的に凛は大人びていて、いつも僕よりも一歩も二歩も先を歩いているようだった。
だから、いつもなにもかわらない……そんな凛と一緒にいることが、僕は楽しくて仕方がなかった。
「じゃあ、今日は駅前の――」
「ごめん。今日は予定があって」
凛がそう言ったのは冬の少し前だった。
どうして、と問いかけようとしたとき。
「森下さんっ、早くしてよ!」
廊下の向こう側から声を掛けてきたのは、サッカー部の井上だった。
僕よりも背が高くて、格好よくて、スポーツマンの彼は含んだ笑みを浮かべながら凛の胸をぎゅっとわし掴んで。
「ほら、早くしろって!」
強引でありながら、どこかふざけてじゃれつくように凛を弄んだ。
彼女は「やめてよ」と言いながらも、完全に拒絶はしない。
そうした陰りが、見えた。
僕はそのときに気づくべきだったのだ。
多くの事に。
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