淡い交わり


 どうしてじゃああああっ!

 なんでええええ!?

 僕は、僕はただ、フツーの学生として青春を楽しみたいだけなのに!


 クラスメイトの近江加奈さんに告白して、断られた。

 今年に入って六か月ぶり、二回目の告白だったが、見事に玉砕した。

 昨日読んだビジネス本には『三か月も経てば断った相手は気変わりしている可能性がある。諦めず声を掛けるべし!』と書かれていた。あのビジネス本を書いた作者は嘘っぱちだし、三か月程度では人間の心なんて変わらないのだと学んだ。

 学んだけれども……。


「うわあああああんっ! 加奈ちゃん加奈ちゃんっ、加奈ちゃんっ!」


 テニス部の加奈は中学生のころから好きだった。

 初めて彼女を見た時、僕は運命の人と出会えたのだと確信した。

 政治家が鼻の孔を大きく広げて「これは確信に至った出来事だと信じております!」と謎のマイクパフォーマンスをする映像が脳裏をよぎるほど、僕は加奈が運命の相手だと確信に至った出来事だと記憶しているのだと信じております。

 もはや、なにを言っているのかよくわからないが、ひどく一目ぼれしたのだ。

 寝ても覚めても加奈の事を思ってしまうし、学校では彼女の事を目で追いかけてしまう。

 少し他の女の子より背が高くて、ちょっと肉付きがよくて、笑顔が可愛くて、目がぱっちりとしている女の子だった。

 そんな加奈が高校生になると……これはもう、女性的な魅力をふんだんに備えた子に成長した。

 胸も大きくなったし、スカートからのぞく足はすごくむっちりとしていて……僕はぎゅっと膝の上で両手の拳を強く握らなくてはいけなかった。

 彼女の髪から漂う匂いは素敵だったし、本当に好きで好きで仕方なかった。

 だから、告白した。

 そして断られた。

 その繰り返しだ。


 自宅に帰って兄貴に相談する。


「今日もフラれたぞ! どういうことだ!」

「ああ、可愛そうな弟よ! だが、それがお前の総合力だ。諦めろ」


 三六歳の兄貴は再婚相手の連れ子だ。

 変な人だけれども、なかなかに嫌いに慣れない。

 退職してもう八年になるが、中年のひきこもりという言葉がぴったりと合うぐらい、彼はシゴトにも就労訓練にも、外にも出ず、自宅のパソコンでなにかをしながら生きている。

 けれども、彼を嫌いにはなれないのだ。


「兄貴ッ、僕はただ加奈ちゃんと仲良く青春を送りたいんだ」

「あの子は巨乳だからな。抱きしめてもらいたいんだろう?」

「そうだよ。加奈ちゃんといちゃいちゃしたいんだ」

「イチャイチャするだけなら、がんばればなんとかなるんじゃないか。おうっ、そうだ。ベトナムから取り寄せた魔法のステッキがある。これを使えば、イチャイチャぐらいなら出来るかもしれない」


 彼はそう言って日曜日の朝にやっている女児アニメの必殺技を唱えながら、怪しげなベトナム玩具を振り回した。

 なんとも意味の分からない儀式だと思いつつも、カッとその杖が光ったと思ったら……僕の意識が遠のいていった。


 気が付くと翌日の朝になっていた。

 僕は慌てて学校へ行く。

 兄貴と話したことは夢だったのだろうか。


「高橋くん、あの、昨日のハナシなんだけど」

「加奈ちゃん……!? 昨日のって、告白したこと?」

「うん……。うまく言えないんだけど、その、親密なお友達って事だったら、いいのかなって。高橋くん、すごく私の事を気に掛けてくれているし……」


 えっ、えっ、えっ……?


 僕はなにがなんだかわからなくて、嬉しいまま、教室のどまんなかで涙をぽろぽろ流しながら。


「も、もちろんだよ!」


 そう答えて加奈の手を取った。

 ずっとずっと加奈にアタックし続けていたせいか、教室のあちこちから拍手が散った。


 僕は帰宅して、兄貴にそれを報告する。

 すると兄貴は言った。


「気をつけろ。それは魔法の威力だ。だが、魔法は『イチャイチャする』ところまでしか保証しない。それ以上の事を求めてしまったら、きっとたいへんな事になるぞ!」

「それ以上の事なんて求めない。僕は加奈ちゃんと一緒に居られるだけでいいんだ」


 そう宣言した。

 翌日からは嬉しくて仕方がなかった。

 授業の合間に加奈とおしゃべりしたり、ご飯を食べたり、放課後に出かけたり。

 週末は商業施設で買い物をしたり、映画を見たり……。


 そして、僕は生まれて初めて彼女を部屋に招いた。

 彼女は「恥ずかしいから、嫌だよう」と言いながらも、完全に拒絶しなかった。

 僕は完全に忘れていた。


『それ以上の事を求めてはいけない』


 その忠告をすっかりと忘れていた。


 そうして彼女の服を脱がし始めたとき、異変に気づいた。

 加奈の身体にはたくさんの調教痕が残っていて、彼女はそれをみた僕に。


「こんなわたしでも、スキでいてくれるんでしょ?」


 そう小さく呟いた。

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