裕福な牢獄
士業に憧れていた。
両親からサラリーマンではなく弁護士や医師になりなさいと言われ続けていたせいかもしれない。
結果として僕は税理士になった。
でも、士業も食えないのが現実で……。
僕は苦労して税理士資格を取得し、税理士として大手事務所で働いた。
夢にまで見た高級外車と都内の一等地の豪邸とゆるりゆるやかな生活とはかけ離れた、とんでもない激務に苛まれて、事務所を辞めた。
独立じゃない。
身体が壊れる前に辞めるべきだと思い立って、辞めた。
精神的に負った傷を治すために、しばらくの休養が必要だった。
気が付けば、もう三十三歳で……僕よりも勉強のできなかった連中は次々と結婚して、小さな戸建てを買って、子どもが出来て。
僕はいったいなにをしていたんだろう。
家に居ても気が狂う。
税理士として勤め先を探そうとしても気が狂いそうになる。
かといって、一般企業の営業職として働く気にもなれず、なにかを始めようとするにはあまりに遅すぎるような気がした。
職業案内所で目的もなく彷徨うようにパソコンの画面を眺めていたとき。
「大森さん?」
ふと声を掛けられた。
女子高校生のような制服を着た娘で、あまりに若い。
自分の高校時代にこんなかわいい同級生がいたような、いなかったような。
「えっ、あ、はい……?」
「税理士さんだったんですよね?」
「ま、まぁ……」
「お会いしたいって方が、ちょうどいらしているんです。あちらのカウンターまでお越しいただけませんか?」
職業案内所でそんな出会いってあるだろうか。
ふつうはこちらから「会いたいのですが」と企業に申し入れを行う窓口が職業案内所だ。
そんな場所で「僕に会いたいなんて……」と不審に思った。
そもそも、あんな女子高校生みたいな人が窓口で働いているというのもにわかに信じがたかった。
彼女に指示されたカウンターへ行くと、すでに男がひとり座っていた。
彼はスーツに身を包んだ、大柄な男性である。
営業マンなのか、肌が少し浅黒く、朴訥ではあったものの朗らかな「あっ、どうも」という笑みについつい「ええ、どうも」と差し出された手を握ってしまった。
彼は名刺を出したが、僕は持ち合わせてなんていない。
「……税務署の、かた?」
「ええ、そうなんです。フリーの税理士さんがいらっしゃると聞いたので、ちょっとご相談があって」
田山と言う税務署の男はそう言ってから。
「お金、好きでしょ。わたしね、税務署を辞めてひどく金を稼ごうと思っているんです。どうです、あなたもお金が好きなら、一緒に稼ぎませんか。いい車に乗って、豪邸を立てて、金しか見てないような女を五人も六人も孕ませて、好き放題の生活をしませんか?」
朗らかに言う田山の言葉に、最初は耳を疑った。
この男はなにを言っているのだろうか。
一方的に言葉を投げつけてくる田山は、明らかにおかしな人であった。
詐欺師かな。
税務署の人間と言うのも嘘かな。
危なさそうだな。
そう思いながらも、この男が言っている『計画』に魅力を感じている自分が居た。
僕はものは試しと彼と『ビジネス』をすることにした。
二度ぐらいやってうまくいかなければ手をひくつもりだった。
田山は国からもらえる『補助金』を申請しまくって、それを原資に海外株式に投資しようというハナシをしていた。
そんな簡単にイケるだろうかと思ったが、専門知識を使ったグレーゾーンの法律に沿えば、たしかに出来ない事はなかった。
あとは人海戦術である。
田山は大学生や時間のある主婦をあちらこちらから引っ張ってきた。
SNSやセミナーなどで集めたらしい彼らに名義を借り、補助金を申請させる。
その一部を我々は頂くというわけだ。
補助金の申請はひどく面倒だから、その点は僕がやる。
代筆している事が明らかにならないように工夫を重ねる必要があったが、たかだか二週間で50名から五千万近い金が僕と田山のもとへ舞い込んできた。
それを折半しても、とんでもない金額だった。
僕は味を占めた。
田山はもっと人を搔き集めてきた。
申請は増えて、国はガンガン僕らに金を出す。
お金に困っている申請者たちは喜んだし、僕らも手数料でウハウハだった。
僕と田山は東南アジアに拠点を移し、ネットで彼らの申請手続きを手伝った。
そんな矢先に、警察が乗り込んできた。
滞在していたタイでのことだ。
僕は逮捕され、牢屋に入れられた。
けれども、そこで僕は唱え続ける。
「そこに名前を。職業の欄に……」
刑務官たちは僕を不可思議な眼で見ていただろう。
僕はそれらの文言を唱えることで『補助金』という魔法が現れると信じていた。
なんどもなんども僕は唱えていた。
そう唱えることで、豊かになる。
豊かの実像を知らないのに、僕は牢獄のなかで豊かさを求め続けていた。
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