闇と闇
ハッと目が覚める。
「あっ、いててて……」
こめかみのあたりに鋭い痛み。首筋にも形容しがたい違和感がじんわりと残る。
ぐにゃりと歪む視界と耳鳴りに「うおおおお……」と呻く。
枕から首をあげることが出来ないが、朝陽は容赦なく遮光カーテンの隙間から室内を照らしていた。
耳元でなり続けるスマホのアラームを止めて、ゾンビのように布団から出て顔を洗い、歯を磨く。
ひどい顔をしているし、ひどい頭痛も残っている。
「うへぇ……」
二日酔い。
わかっている。
昨晩は深夜三時まで飲んで、タクシーで帰宅して、いま午前七時前……。
ここのところ、ずっとこんな調子だ。
月曜日から日曜日まで働き、一週間が終わった瞬間に一週間が始まる。
そのループが、どれほど続いているだろうか。
僕は吐き気を堪えながら通勤ラッシュが引き始めた頃合いの電車に乗って都心へと通う。
仕事先の証券会社は、今日も朝からガンガンするような声と気合とやる気に満ちている。
僕は幸いなことに、そうしたガンガンが嫌いじゃない。
数字をあげればあげた分だけお金になるし、先輩も上司も関係なく、好き放題出来る。
営業成績が良い者が正義で、悪い者に人権はない。
幸いなことに僕はこの仕事に向いていた。
太い客を捕まえ、そこから細い客を引っ張る。時々太い大物があがるときがあるわけだし、そうした獲物を決して逃がさない。
よくドラマやなんかで批判的に描かれる、まさに弱肉強食の営業成績の世界であるが……そんな世界が居心地よく、最高の効率に満ち溢れた職場だと感じる人種もいるのだ。
一日の仕事が終わり、夕食を済ませる。
繁華街で外食だ。
取引先と飲みに行き、キャバクラで女の子たちと笑い、そうして深酒で時間が過ぎていく。
朦朧とする意識のなかでタクシーに乗り込んで。
ジリリリリリ……!!!
「あっ、いててて……!!!」
また翌朝に目を覚ます。
今日も今日とて頭痛が酷い。
二日酔いだ。
昨日こそは酒をやめて帰ろうと決意したのに、結局また飲んでしまった。
「よし、今日こそは……!!!」
僕は決意して自宅を出る。
仕事が終わり、ふわふわと夕食を店で済ませて、気が付けば女の子の太腿を触りながらウイスキーを飲んでいた。
「もう、宮本さんって酒豪なんだからァ」
「そんなことないよ。もう身体はボロボロだ」
「まったー、そんなこと言っちゃってさ! 宮本さんが来なくなっちゃったら、わたし達どうやって生活していけばいいのよー」
今日は取引相手がいるわけではない。
両側に女の子を座らせて、行きつけの店で食後の一杯を楽しんでいる。
面倒な客も上司も先輩もいないものだから、お気に入りの女の子たちは妙に近く、また積極的に身体に触れたり、話を盛り上げてくれたりしている。
「ねえ、今日はまだ帰らないでしょ?」
左側に座る女の子がそう言った。
僕は「帰んないよ」と答えると。
「じゃあさ、すっごいの入れていい?」
右側の女の子はそう言って、僕の返答を待たずに大きなボトルをボーイに持ってこさせた。
見たことのない銘柄で、ラベルも異国語で読めない。
「バカロロ・ゼルナーガ・セレブレードっていう南国のお酒なんだって」
「めっちゃやばいって、すごい噂なの」
両側の女の子はそう言って栓を抜き、お酒をつぐ。
ダイヤモンドのようにキラキラと七色に光る液体で、見るからに不可思議なものだった。
日本酒のようでありながら……虹色にも見える。
「えええいっ! 今日は好きに飲んじまえッ! 明日の事なんて知ったことかーッ!」
「おーっ、知ったことかァー」
女の子たちとグラスを打つ。
小気味いい音を耳にして、ぐっと一気に傾けた。
「永遠に朝なんて来なきゃいいのにな……」
そう呟いたとき……すぅーっと意識が遠のいていった。
ジリリリリ……!!!
目覚ましの音。
飛び起きる。
「また、朝か……」
頭痛もするし身体もだるい。
僕はいつものようにカーテンを開けて……眼をぱちくりとさせた。
夜が明けていない。
なり続ける電話。
まだまだ、夜はこれからだからね。
開けない夜に誘いの声……。
永遠の闇が窓の向こうに広がっていた。
僕はぐっぷと酒臭いげっぷをはいた。
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