巨人はそこに


 自分の中の巨人がときどき「勘弁してくれよ」とこうべを垂れるときがある。

 だいたい、それは仕事中に起きるわけで、うんざりしたときに自分自身のなかにいるもうひとりの仕事人間が「おいおいおい……!」と迫ってくるのだ。


 東京都港区新橋を基点とする交通網の整理計画のプロジェクトをやっている。

 入札制で選定された大手ゼネコンと国土交通省、東京都建設局がくんずほぐれつになりながら進める東京東部を基点とする南北の改良開発である。

 首都高速環状線と在来線の北進計画が主であり、新橋と羽田空港間の整備をライバル社が監理しながら進めていく。

 僕が担っているのは東京埼玉間を繋ぐ北進の計画である。


 そのほとんどが地下計画になるわけだけれども、ひとつふたつと問題が起こる。

 進路上にいくつかの神社と仏閣がある。

 ふたつの神社は宮司や権禰宜も駐在しており、いくつかの条件で移転を承諾してもらえた。

 仏閣に関しては調整を続けているが、これもまとまりそうな勢いである。

 無人の、これまた朽ちかけの神社があるのだが、そこがどうにもどこうとしない。

 地域の自治会が守っているというのだが、そういう場所こそまったく聞く耳を持たないのだ。


「この神社がね、あんた何年前からあると思ってます? あんたが生まれるずっとずっと前からあるんだよ」


 当たり前だろうがよ。

 神社なんだから。

 十年そこらで建立されてたら新興宗教の施設だぞ。


「わたし達、自治会がどんな思いであそこの神社を守ってきたかと思っているかわかりますか? お金の問題じゃあないんです」


 あんたらがそこをどけば、数万人という規模の人々が利便性の向上とともに地域経済が活発化するのですが……。


「そもそも、あそこに何があるわかっているのですか?」

「すいません、勉強不足で」

「安土桃山時代に作られた聖剣が刺さっているんですよ」

「……は?」


 冗談に聞こえた。

 疲れのために、妙な幻聴を聞いたのだと思った。


 けれども自治会長は真剣なまなざしで、有名大名の名前をあげて。


「そのお殿様が作らせて、水害の守り神として祀ったのが始まりなのです。安置されているのではなく、地面に突き刺さっておるんです。わかりますか。それをあんたは抜いて、道路やら鉄道を通せと言っている。そんな事をすれば、この街はたいへんな事になる!」


 ばかばかしい、と思いながら二週間後に現地調査をした。


「ほれ、みなさい」

「マジかよ……」


 しょんぼい南京錠でボロボロの戸を開けると日本刀が突き刺さっている。

 もっとこう、エクスカリバーみたいなものが突き刺さっていてほしかったが、そうもいかない。

 錆びのない美しいもので、レジュメのA4用紙はスパンと切れた。


「誰かが手入れを?」

「神様が守っておるのだ」


 うそこけ。

 僕は自治会長の目を盗んで「ふんぬっ!」と引き抜きにかかった。


「若いの、やめんかっ! 災いが起きるぞ!」

 

 ばかばかしい、と鼻で笑いながらも……剣は抜けない。

 驚いたことにびくともしない。


 教育委員会の職員も立ち会ってもらったが。


「詳しい資料は文化庁か文科省に問い合わせてみないと」

「事前に調べませんか。今日、ここで調査するってわかっていたわけですよね。どうしてこんな剣が刺さっているのか、なんで調べがついてないんですか」


 役所の仕事に小言を言いつつ、僕は再び剣を抜こうと試みた。

 ずるりと柄から手が滑り、尻餅をついて。


「あいてえええっ!!!」


 思わず悲鳴を上げた。

 そして立ち上がれなくなってしまった。


「えっ、あれ、うごかねえ……!!」


 僕は救急車で運ばれた。

 ぎっくり腰だそうだ。


 そうして一時的にプロジェクトから外され、剛腕な先輩がシゴトを引き継いだ。

 先輩は故意で剣を抜いた。

 許可なく重機でズバババンと強引に抜いた。

 工事業者は「え、許可あるんじゃないですか?」と激高する自治会長に返答したという。

 抜いちまえばこちらのもの。

 そのやりとりは裁判が進行しているから、あとは金の問題でどうにでもなる。

 頑固な自治会長には実力行使と裁判と金が一番効くのだ。


 そうしてプロジェクトは完了した。


 道路と鉄道が通り、利便性が向上した。


 その翌年、大地震が東京を襲い、街は灰燼に帰した。

 あの剣を抜いたから……?


 まさかね。

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