あの夏の休暇


 五時の終業のチャイムが鳴る。

 営業所の面々は大きく背を伸ばして「ふあーっ!」とか「終わったー!!」という声をあげている。

 今日は5月31日だ。


「山口はこれからどーすんの?」

「地元の中学校の友達と過ごす予定だよ」

「中学校時代の友達かァ、いいもんだな。田中さんは?」

「俺は大学時代の友達とさ。登山部だったから、攻略していない山を攻略しようってハナシさ」


 同じ営業班の面々がそれぞれの予定を述べる。

 山口は質問を投げてきた平山に聞き返す。


「平山はどういう予定なの?」

「うちは体外受精さ。前回の休暇で告白されちゃってさ。だから、体外受精のために二週間ほど病院にツメツメさ」

「うへえ、結婚しているのに大変だなァ。子どもはどうするの? 奥さんはオーケーしてるの?」

「それがさ、高校時代の体育教師でさ。三十八になった俺に惚れたんだと。だから、あちらさんだけ四十六歳に戻って、同い年の俺から精子をもらうって言うんだよ。ま、親権もなにもかも、ぜーんぶあちらさん持ちだからね」


 一同は「ふうん」と唸りながら平山の顔をまじまじとみる。

 確かに同性から好かれそうな顔をしているが、精子提供を求められるとは思わなかった。


「じゃあ、現在の時間軸だったらお相手は還暦近いんじゃないの?」

「そういうこった。老人のお遊びだよ。定年退職してふわふわしてたら、同い年の俺を見つけたって事みたいだ。駅で声を掛けられた時は、何事かと思ったね」


 体育教師からナンパされたのか、と一同は笑い、資料を片付けて各々はキャリーケースをひいて駅前の転送所へと向かった。

 すでに予約をしていたので、特に待たされることなく転送装置へと入れた。



 係員の指示に従って転送が始まるとあっという間に過去の地元へと身体が飛ばされる。

 どすんと尻餅をつくように学校の校庭に着地する。着地の時はどうにも慣れない。


「よっ、山口っ! 遅かったな」

「坂野か! もう来てたんだな」

「今日は早引きだよ。だって三か月しかないわけだろ?」


 中学生の姿をしている坂野は、そう言って僕に抱きついた。

 学生時代の身体に戻っている僕も彼を抱きしめる。

 久しぶりの再会だ。


「ご両親は元気だったか?」

「元気も元気さ。山口こそいいのか? 奥さんたちは……?」

「ははっ、嫁は嫁で大学時代のサークル仲間のところに行っているよ。娘が三人いるけど、たぶん三か月は施設に預けているんだと思う。学校もないしな」

「ふうん。結婚するといろいろと大変そうだな。何歳まで山口はいけるんだ?」

「いちおう、三十六歳かな。そこまでしかデータがないから」


 坂野は「三十六かァ」と呻く。

 彼は少し肩を寄せてから。


「俺って十九歳までだろ? 結婚とか子どもとか、イマイチ経験しないで終わっちゃったもんだから……おまえの気持ちがよくわからんよ」

「会社の同僚が体外受精で子どもを作って言ってたけど、そういうのは興味ないのか?」

「俺のデータ時代にはなかった技術だよ。使えんのか?」

「ああ、たぶん使えると思う」


 そこまで言ってから、俺は親友の坂野と子どもを作るかもしれない、という遠い予感のようなものを感じた。

 坂野は腕を組んで「うーん」と眉を寄せてから。


「考えとく。いまはハルちゃんやなっちゃんを待とうぜ。俺達の14歳の最高の時間は永遠だけど、一回に味わえるのは三か月だけだから」

「三か月後には仕事が……現実が待ってるからな」

「まァ、俺にとっちゃ眠ってるみたいな空虚な時間だけどな」


 そう言うなよ、と俺は答えて学校へ向かって歩き出す。



 過去に舞い戻る。

 過去の姿で。

 そこにいるのは過去の親友と、失われてしまった親友。

 たぶん、僕は彼の子どもを作る。

 どちらが身ごもるかはわからないが。



 でもきっと……子どもってそういうひょんな気持ちから出来てしまうものなのだと思う。

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