ゆるゆるふわふわ魔法のどうぐ


 青年が自宅に帰るとゆるふわな魔法使いを自称する女が騒がしく出迎えた。


「おっかえりー! ねえ、プリンあった? コンビニのじゃないよ。駅前のスーパーのやつだよ?」

「おまえさ、居候のくせに注文多くないか?」

「無職の無能ニートに言われたくないんですけどー」


 青年が持ち帰ったスーパーの袋を物色しながら彼女は目当てのプリンを探し当てて。


「んふー、これこれ」


 そう言って夕食前にも関わらず封を開けた。


 青年の家にゆるふわな魔法使いを自称する女が転がり込んできたのは、二か月ほど前の事だ。

 高校時代の同級生たちと久しぶりに合コンをやって、しこたまに酒を飲んで、ぐでんぐでんのべろべろでアパートに帰ってきた。

 そのアパートの踊り場で膝を抱えて座り込んでいる娘がひとり。

 成年漫画であれば、一晩泊めてください、からのお礼にすけべしちゃいますの急展開であるはずだったのだが……彼女は「いいんですか?」「お風呂借りますね。リンスありますか?」「ねえ、洗濯機のなかすごいんだけど。わたしの洋服洗えないじゃん」という具合に居座り続けている。

 名前や年齢を聞いたのだが、キャバ嬢の源氏名だろうというふざけた名前で通そうと意地を張るし、年齢は「んなわけねえだろ」という年齢しか口にしない。

 批判的に思い返す青年自身も、永遠の十七歳を自称する三十六歳であるから……似たようなものかもしれない。


 二か月もひとつの屋根のしたで暮らしているのだから、それなりのことはする……ハズだった。

 けれども、自称ゆるふわな魔法使いは妙にガードが固い。

 先日、ドメスティックバイオレンスも驚きなほど力任せに彼女を組み伏せて、事件性のある叫びを下着で押さえ込みながら、ずんずん腰を突き込もうとしたのだが……。

 パッと光ってフッと失せて、気づいたら朝だった……という事が起きた。

 彼女は指先から宇宙人顔負けの光を発した――気がしたのだが、その光を目の当たりにすると意識が飛んで、気づけば朝になっている事が多い。

 それが三度、四度と続いて――つまり、暴力的な性的暴行を幾度も企てようとしていて――全部阻止されたわけだ。


 三十六歳で学歴も職歴もなく、年金生活に片足を突っ込もうとしている親の仕送りを頼りに関東でシティボーイを決め込み続ける……もう立派な人生なんて求めていない。


「なあ、スケベなことしてえんだけど」

「あたしと?」

「誰とでもいい」

「あんたってサイテーね。生きてる価値ないと思うんだけど」

「そんな生きてる価値ゼロの俺の家に居候しているヤツが言うか、そんな台詞」


 すると彼女は少しだけ唸ってから。


「あたしの居候先として生き続けなさい」


 そう言ってから、古いゲームボーイのようなものを持ってきた。

 旧式の、一番初期のゲームボーイに見えた。


「これ、監視カメラの映像が拾えるから。魔法のボーイ」

「ボーイってなんだよ」

「もともとは犯罪が起きた時に、監視カメラの映像を拾うために開発された魔法の機械なの。たとえばね……」


 彼女はそう言ってから「ゴミを荒らすカラスの映像!」と声を掛けると、ゲームボーイは画面に地図を表示した。見知らぬ地域の地図で、いくつか赤い点が浮かんでいる。

 彼女がその点をタップすると……監視カメラと思しき映像が現れた。

 早朝にカラスがゴミ置き場を漁って散らかしている。


「すげえな。監視カメラの映像を歩いて探す警察の仕事、一発で解決じゃん」

「そのために開発されたものだもの」


 はい、と彼女が手渡してくれた。


「スケベな映像でもさがして楽しんだら? 中学生みたいに」

「ありがとよ。心はいつでも少年だ!」


 青年はそう言って「近所の痴女!」と命じた。

 ゲームボーイが地図を表示する。


「……ン? なんか、この辺だな」


 赤い光点をタップすると見たことあるような、ないような道沿いが映し出される。

 深夜だ。

 そうして、帽子とサングラスをつけた人物が現れて……トレンチコートをバッと広げた。

 そこには、確かに痴女が映っていた。

 そして、その痴女は目の前で顔を真っ赤にしてプリンを食っていた。

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