ステキなカップル、時空を超えて
白昼の繁華街……。
僕はそわそわしながらオープンテラスのテーブルで彼女を待っていた。
奈々子は僕が出会って来たなかで最高の女の子だ。
恥ずかしながら、今年で二十六歳になる僕が……本気で、ホンキで、好きになった女性である。
平日のお休みが取れ、人気のカフェのオープンテラスで僕らは待ち合わせる。
約束の時間まで、あとニ十分はあるというわけだが……待ちきれずに、いや落ち着かずに僕は先にカフェのテラスで彼女を待っている。
大通りに面したテラスで、一段ほど高くなっている。そのおかげで通行人の視線から少し外れているらしい。一方で僕は通行人の顔をしげしげとながめたり、奈々子がやってくるのを確認したりしているわけだ。
「あっとごめんなさい」
ふいに声を掛けられて僕は顔をあげた。
そこにはどこかの学校の制服を着た女の子がアイスコーヒーをトレイに乗せて立っていた。
「ごめんなさい、足を少し引っ掛けちゃって」
「いえ、大丈夫です。コーヒー、こぼされませんでしたか?」
僕は冷静を装いながら、なんで平日の昼下がりに女子高生がうろちょろしているんだ、と憤った。コーヒーがこぼれなかったか聞いたのは、僕にそれがかかっていないか知りたかったからだ。
彼女は僕のテーブルにコーヒーとトレイを置いて。
「こぼれてはいません。驚かせちゃってごめんなさい」
再び謝った。
どこかの育ちのいいお嬢様なのだろうかと勘繰ったが、そんな事よりも奈々子だ。
僕は愛想笑いを浮かべてやりとりをぶった切ったつもりだったけれども、その女子高生はしげしげと僕を見つめて……視線を切らなかった。
「なにか……?」
「彼女と、待ち合わせですか?」
「そ、そうですけど……。あ、いや、彼女じゃなくて、友達ですが」
余計なことを言っちまった!
こんな女子高生に、だいの大人が絶賛片思い中であることを告白する必要なんてなかったのだ。
女子高生はにっこりと笑って。
「すごくステキな顔をしているなって思ったんです。片思いが両思いになるといいですね」
なんだこの娘……。
僕の胸の内を見抜いたみたいなことを言いやがって。
懸命に笑みを浮かべながら。
「ええ、まぁ……」
そう答えていると女子高生はちょっと困ったように眉を寄せた。
「きっとうまくいきます。お兄さん、結構ステキだから。でも、気を付けてくださいね。あなたのお相手も女の人も、きっとあなたを大変気に入っていると思います。けれども、それはお互いが『気に入っている』と言う事であって、所有物になったりするわけじゃあ、ないですから」
「どういう意味です? なにが言いたいんです?」
「結婚は悲劇名詞だって言った作家がいたんです。物語は喜劇であるべきだけれども、現実の多くは悲劇になる。結婚って、そういう場合が多いじゃないですか。だから……幸せは長続きしないかもしれませんっていう、わたしなりの配慮です」
彼女はそういうと「じゃあね、お兄さん。また、どこかで」といって立ち去って行った。
なんとも迷惑でふざけた女子高生だと思った。
そんな事を見知らぬ男にいう前に、おまえは学校へ行けって言うんだ。
「シゲオさん……?」
ふいに掛けられた声で、僕は飛びあがる。
奈々子が背後に立っていたのだ。
僕は満面の笑みで「ふぁい!」なんて飛び上がって、彼女に椅子をすすめた。
本当に好きになった人との時間はあっという間で、僕は奈々子との会話や街歩きが本当に楽しく、一瞬の出来事のように思えた。
カフェから街へ、街からレストランへ、レストランから……。
それから幾度かのデートを重ねて僕らは交際を始めた。
初めて彼女を抱いたとき、僕はこの世に生まれてきた良かった、とホンキで思った。
彼女は美しかったし、奈々子と時間を過ごして居ると鳥の声や草花の匂いが本当に尊く感じられた。
そうして僕らは結婚した。
結婚して、子どもが生まれて……。
十数年の月日がたって……。
「……ね? わたしの言ったとおりだったでしょ?」
離婚届を受理する役所の窓口でそう言われ、僕はハッとした。
窓口の向こう側でほほ笑む事務員は、どこか人間離れした黒々とした目で僕を見つめながら。
「奥さんはあなたの所有物じゃないし、あなたも奥さんの所有物じゃない。結婚は悲劇になりやすいものだから、いまの若い人たちはそれを本能的に避けているのかもしれないわね?」
「あんた、いつかの女子高生……」
すると事務員は薄く微笑んでから。
「わたしは親切心で忠告したのに……」
小さくそう呟いた。
哀れな中年を見る、ひどく冷たい目で。
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