赤さび物置

HiraRen

赤く赤く焼ける肌


 憤っていた。

 セカンドオピニオンとはよく言ったが、もうサードとかフォースの段階だ。

 真っ赤に紅潮する肌を大岡越前のようにぐいと腕を繰り出して、僕は言った。


「もう全然なんです。塗り薬、飲み薬、全然だめなんです。どうしてですか!」


 初対面の皮膚科医に対してあたりが強かったと反省はしている。

 けれども、当時の僕はそれぐらいイライラしていた。

 皮膚科医の三十代ぐらいの担当医は「ふむぅ」と唸って赤くボツボツとした肌を指先で擦って。


「ひどいもんですな、こりゃあ」

「だから医者に来ているんです。もう三軒目、四軒目と続けているんです。この薬がいいとか、あの塗り薬がいいとか、保険の適用外だとか……いろいろな理由をつけて僕は薬を買いました。でも、全然なんです! 見てくださいよ、この肌をッ!」


 最初は小さな虫刺されやあせものようだった。

 それがいつしか右の腋の下から肩回り、腕周り、肩甲骨へと広がり、いまでは腰にまで至ろうとしている。

 皮膚科医は「ふむぅー」と唸ってから。


「アレルギーでしょうな。激しい薬ではなく、緩やかな薬でゆっくりと気長に治す事です」


 悠長なことを言う皮膚科医に、僕のイライラはさらに募っていた。


「そんなんじゃ、ダメなんです! なんですか、新宿の繁華街の地下に……喫茶店みたいに営業しているもぐりの皮膚科医だっていうのに、どうしてもっともらしい事を言うんですか!」

「医者がもっともなことを言ったらいけないのですか?」

「大学病院の教授連中が言うならまだ知らず、あなたのお店は地下の、飲食店を抜けた先にある。こんなバカげた皮膚科がありますか!」

「店構えで判断しちゃあいけない。新宿には病院然としていない方がよい場合もあるのです。病院通いを誰かに見られると困る人もいるわけです。特に『肌』を売り物にしているヒトもいますからね」


 医者の発言に僕はぐうっと奥歯を噛みしめ、丸椅子に腰を降ろした。

 皮膚科医は「じゃあ、まず二週間分を出しておきます。そんなに強い薬じゃないし……」と注意事項やら一日何回塗布しろとか説明していた。

 僕はわなわなと震えながら。


「すぐに治してください」

「……はて?」

「いますぐに、治してください。お願いです」

「それはどうして?」


 じろりと医者は僕を見る。

 そうしてから。


「あなたは『肌』を売る仕事をしているわけではないですよね。そんなに急ぐ必要がありますか?」


 皮膚科医の言っていることはもっともだ。

 僕は『肌』によって成績が左右する仕事についているわけではない。

 けれども、この『肌』のせいで怯えられている事も確かだ。


「三年付き合った彼女がいるんです。その子に、このボツボツをなんとかしろって言われて……ずっとずっと抱けていないんです」

「一回も?」

「ええ、一回も」

「そりゃキミね『肌』のせいじゃない。三年も付き合って一度も身体を許さないのは、キミ自身が勘違いしているか、相手が相当な変わり者かのどちらかだよ。ちなみにわたしは前者を強く支持する立場だけれどもね」


 けろりという医者に僕は腹が立った。

 けれども医者の言っている事は……ある意味で正しいと思う。

 僕は焦燥感が胸の中でひどく燻るのがわかった。

 それを見透かしたように、医者は言った。


「アレルギーよりもストレスでしょうな。キミが彼女に抱いているストレスや、社会に対するストレスが、身体に発疹となって表れているのだろうね」

「なんとかしてくださいよ。強い薬をくださいよ」


 皮膚科医は幾度か頷いてから。


「なら、これをお出ししましょう」


 そう言ってさらさらと書類に内容を記載し、封筒にそれを入れた。

 そのうえでメモを殴り書いた。


「ここなら肌の問題を一発で解消してくれる」

「肌が治れば、彼女との仲も治せます」

「まぁ、彼女との問題も解決するだろうね。薬を塗るよりも、よっぽどいいものだ。なに、迎えの車をよこすから、すぐにでもそこへ行ったほうがいい」


 僕は飛びあがって「ありがとうございます!」と声をあげていた。

 これですべてが片付くぞ!

 そう意気込んで、僕は受付で迎えの車が来るのを待った。

 治療費も無料だったし、薬代もない。

 モグリの医者にもいいのがいるじゃないかと思いながら、迎えの車に乗り込んだ。



 そうして連れてこられた建物に、僕は「えっ?」と運転手に問いかける。


「ここ、火葬場ですけれども……?」

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