聖剣神授説

立石裕太

第1話 九番目の聖剣使い

 神様に会ったことがあるだろうか。そりゃあ普通はないものだが、実を言うと俺は、ある。それは高校三年生のある日の夜の事だった。

「おめでとう、君が九代目だよ」

 真っ暗な空間の中で一人の人間だけが認識できる。はっきりとした意識があり、夢だと認識できる。自分が明晰夢を見ているのだと理解するのにそう時間は掛からなかった。

 「誰だよお前」

 初対面の相手に強い口調で話すことが出来たのは夢だからか、受験のストレスからか。

「僕は……そうだね。君たちの言葉で言うと”神様”ってやつだ」

 相手は小学校中学年くらいの、言ってしまえばお子ちゃまだ。んなバカな、と考えた俺の思考が読めたのか、自称神様は続けて言った。

「僕のこの見た目は仮のものだから、見た目で判断しないで欲しいな。それでも見た目から入りたいなら、君の想像する神様は……こうかな? それともこう?」

 手で顔を隠し、その見た目を老人から高貴な女性のそれへと自在に変える彼にギョッとし「いや、もういい」と返す。……どうせ夢の中だ。何が出来たって夢なんだからおかしくはない。そもそも俺が見ている夢なんだから見た目もなにも、俺の脳みそが考えているものだろうに。

「まぁ、大事なのは君自身のことだ。君はファンタジー系の物語に理解があるようだから単刀直入に伝えよう。つまり、幸か不幸か”聖剣使い”に選ばれた。もっとわかりやすい言葉で言うと君は勇者になった、ということだ」

 頭が痛くなってきた……気がする。こう、厨二病はちゃんと中学の内に卒業したはずなんだけどな。

「……これを使え君は神の代行者になることができる。くれぐれも使い方を間違わないで欲しい、僕からはこれだけだ」

「おい待てよ! 俺はまだ何も言ってないぞ!」

 了承するまでも無く消えてしまった。気がつくと目覚ましで普通に朝を迎えていた。勿論、異世界転生なんかしていない。まぁ夢だしいいか……と思ったのも束の間だった。それに気付いたのは朝ご飯を食べ終わり、歯磨きも終えて寝癖を直しているときだった。

「ん? なんだこれ?」

 鏡に映る自分の首元に黒い痕が付いている。

「IX……きゅう?」

 もちろん、こんなところにタトゥーを入れた覚えもない。軽く水で擦っても消えない数字を見て、今朝の夢がただならぬ意味を持ったものだと感じ取ってしまった。

 あれから、二年の月日が経った。俺は何やかんやと大学に進学して、それももう二年生だ。もちろん、学校にモンスターが襲ってきたり、それを俺が凄い能力でバッサバッサ倒したり、それによって美少女に感謝されたり……そんなことがあるわけがない。当然だ。だが、一方で首元に刻まれたIXという文字が消えることもまた無かった。

 ああ、だから俺はこんな生活が突然終わるとは微塵も思ってはいなかった。ある日の帰り道。その日は雨だったから、たまたま自転車ではなく、傘を刺して歩いてでの帰宅だった。早く帰りたいがために大通りではなく、町の中の細い暗い道を縫うように家までのショートカットをしていた。暗い路地のなか、不意に首根っこを掴まれた。ヤバい、そう思っても体が動かない。まるで金縛りにでもあったみたいだ。

「貴方が九番目ね……。ねぇ、貴方には二つの選択肢があるわ」

 女の声だった。姿は見えないが、俺と同じくらい若いのではないか、ということだけは分かった。

「このまま私に殺されるか……」

 突如ぬるり、と首元に剣が添われる。はぁ!? なんだって? 銃刀法とか仕事しろよ! そう思ったのも束の間、提示された二つ目の選択肢は奇妙なものだった。

「家族、友人、全ての繋がりを切って、私と一緒に、世界を、救うか、よ」

 世界を、救う? だが言い方に引っ掛かるところがあった。それではまるで、片道切符みたいではないか。

「そうね、二度とここに戻れないと思った方がいいし、なにより、いつ死ぬことになるかもわからないわ。残念だけど、貴方は聖剣使いに選ばれてしまったから……」

 ああ、それか。あの時の夢が、この首の刻印が、ここに繋がるんだな。

「どうしても、死ななくちゃならんのか?」

「……そうね。ハンの予言書に、第九の聖剣使いがこの世を滅ぼすって、そう書かれていたそうよ。だから私は、第八の聖剣使いとして、その脅威を排除しなければならない……」

 脅威を排除……つまり殺す、ということか。

「でも」

 ふいに拘束が解かれた。首元の剣も離れ、ようやくその女の全容が露わになる。ピンクがかったブロンドのポニーテールが揺れ動いているのが見えた。蒼い目を合わせて、彼女は自信有り気にこう言った。

「私、ルーシア・フィルナーが貴方を保護して、未来を変えさせて見せるわ」

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