第4話

いきなり頭を後ろから鷲掴みにされてぐるりと一周回されたような感覚に襲われた。

見える景色は歪んで遠のいていった。

あれは涙なんかじゃない。

きっと一瞬意識が途切れ掛かってふらついたせいだ。

私は急いでその場を離れなければいけない、そう強く思った。

そう思うが早いか、体は後ろを向き始めていた。

「このまま真っ直ぐ行って階段を駆け上がれば、この地獄みたいなところから逃げ出せる。」

直感的に思った。

けど心はその場から離れようとする一方で、身体は言うことを聞かなかった。

そして脚がもつれて頭から階段の一段目目掛けて突っ込みそうになった。

言い表し難い恐怖とやけに動きを鈍らせる景色の中で、私は手を着くことすら間に合いそうになかった。

両手はもうすでに両眼から零れ落ちる滴を食い止めるのに忙しくしていた。

前髪が地面に触れるほんの少し手前、いきなり私の体は上へぐいっと引っ張られた。

時が止まったとは正にこのことを言うんだろう。

身体はまるでその場に浮いているかのように留まり続けた。

ふと右腕に強い痛みが走り抜けた。

まるで腕の中にある一本の糸がピンと張られたような感覚だ。

そして身体は浮いているのではなく右腕を中心にして引き上げられているのだということに気がついた。

それと同時に耐え難い激痛が右腕に走った。

「い、痛っ、」

戻って来た意識がまたどこかへ行きそうだった。

「よいしょっと。」

苦悶の表情を浮かべていたであろう私を抱き抱えたのはお父さんだった。

それと同時に右腕が軽くなった。

恐る恐る右腕に目をやると、手首に手の跡がついて赤くなっている。

一瞬お父さんが右腕を引っ張っていたんだと思った。

「樹輝、ありがとうな。」

お父さんのこの一言で頭が真っ白になった。

私を助けたのは茶髪で白い瞳の少年だった。

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