悪役令状をロールプレイングしてみよう
ガイア
第1話
「あ・・・・・・?」
目が覚めたわたしの目に飛び込んできたのは、絵画に描かれていそうな天井だった。
自分の体なのに自分の体ではないような違和感を感じ、咄嗟にまず胸を触った。
大きくなっている、そして次に手。煌びやかな指輪がついていて、指も細くて長くなっている。完全にわたしの指じゃない。次に顔、の前に鏡。
「ここはどこ?」
あたりを見渡す、自分の部屋じゃないことはまずわかった。赤と黒を基調としたドールハウスみたいな広い部屋。
そもそもわたしには部屋なんかなかった。
銀色のドレッサーの鏡をみて、わたしは思い出した。
秋坂あかり(あきさかあかり)という自分の名前を。
でも、この顔は小学6年生だったわたしの顔じゃない。少女漫画に出てきそうな金髪の髪が、お人形のように自分に生えている。それに顔も全然違う、二重になっているし、唇も薔薇の花弁が咲いているみたい。
これがわたし?ドレスを着ている自分を眺めながら、無意識に鏡の中のわたしは、頭を押さえ込んでいた。
自分の脳内に強く流れ混んでくるメッセージを抑えようとしているのだ。
[主語 ワタクシ 名前 レヴィ・スカーレット 好物 ヴァイオレットミントティー 嫌いなもの フローラ とんでもなく性格の悪い悪役令嬢で、聖女のフローラを嫌っている フローラからハンスを奪い、暴力や、いじめをする 最終的に崖から突き落とされて死ぬ]
何この雑な、プロフィール?なんでわたしの脳内に流れ込んでくるの?
ヴァイオレットミントティーなんて飲んだことない、わたしが好きなのはオレンジジュースなんだけど。
でもわたしは奇妙な強迫観念に駆られている。
これに従わなかったら死ぬ、という強迫観念だ。
生理的本能が告げている。この適当なプロフィールに従わないと死ぬと告げている。
悪役令嬢って、何?どうやるの?よくわからないけど、とりあえずわたしは扉から出てみた。
赤色に、黒いレースのついたドレスは動きずらかった。廊下はレッドカーペットがずっと続いていて、壁にはよくわからない絵画がかけられている。
バン!と勢いよく隣の扉が開いて、シルバーの髪を振り乱して桃色のドレスを着た、わたしと同じくらいか、それ以上の綺麗なお姫様が出てきた。
凄く怯えているみたいで、肩ではあはあと息をしながら、目を血走らせて何か怒っているみたいだった。
「なんだよこれ!フローラって誰だよ!俺は進藤祐久(しんどうゆきひさ)!54歳!借金地獄でビルから飛び降りて自殺したはずなんだよ!なんでこんなことになってんだよおお!」
フローラって聞こえてわたしが口を開こうとした瞬間、その女性はひぐっ、と捻り潰されたカエルのような声を上げてばたりと倒れた。近寄るのは怖かったからわたしは足元に倒れたその人を眺めていた。
死体だ、一回みたことあるから分かる。これ、死んでる。泡を吹いて、死んでいた。毒で死んでいる死体とは違って、倒れて頭を打ったからか頭からどんどん血が流れてきて真紅の床を汚している。なんだか汚いし、崩れたフィギュアみたいにねじれ始めた。気持ち悪くなって、わたしは少し離れたところに移動した。
「あ」
すると、さっきのはどんどん透明人間みたいに薄くなっていって、消えてしまった。
死んで、消えた?
どういうことなんだろう。
首を傾げるヒマもなく、さっきとは反対側の扉が勢いよく開いた。
「これってリアル異世界転生ってこと?やばくないか?まじやばいんだが、俺ハンス王子になったらしいんだけど、くそウケる、ハンス王子だってW(ダブル)なんだが、ユーチューブないのかなこの世界、まじ炎上して自殺するんじゃなかったわってか、あの雑なプロフィールn 」
ハンス王子?
わたしが反応しようとするのと同時にマシンガンみたいに話しながら扉から出てきた男。金髪に綺麗なラムネみたいな目をした王子様みたいな男の人は、グアッと首を掴まれたアヒルみたいな声を出して倒れた。
倒れている間もバタバタ暴れていてみっともなかった。そうか、大体わかってきた。
その男の人は首をずっとかきむしりながら、泡を吹いて死んでいた。苦しいならやめればいいのに、ふっと浮かんだ脳内の言葉。
わたしはやめたんだった。
お父さんが浮気して出ていって、お母さんはお父さんに依存していたし、なんでもお父さんに買ってあげていたし、わたしよりお父さん、お父さんだったから、壊れちゃったんだ。 毎日死にたい、殺してって、壊れたラジオみたいだった。ラジオまでだったらよかったけれど、手首を切って見せてきたりしたのは、スプラッタ映画のゾンビより気色悪かったから勘弁して欲しかったっけ。
もうお母さんは壊れていた、お酒ばかり飲んでいたし。だからわたしは最後にお母さんの願いを叶えてあげようと思った。
図書館で沢山沢山、勉強したんだ。田舎だったから、有害な草や、毒キノコなんかは山や帰り道に生えていた。それを本を見ながら組み合わせて石ですり潰して、できた汁を数滴、お母さんのいつも飲んでいる焼酎に混ぜた。
将来の夢の無かったし、生きていて楽しいと思うことも、楽しいと思えることも特に無かった。学校では他人に興味がないからか、本を読んでいる方が楽しかったからか、友達とかもできなかったし。
わたしの生まれて初めて本気で取り組めたこと。生きていて楽しかったことはわたしのことを全く見てくれなかった母を殺す毒の調合だった。
お母さんは死んで、わたしは生きる目標を失ったからその時初めてお酒を飲んだ。
始まりもあれば終わりもあるとはいうけれど、わたしは目標を達成してなんだか初めて達成感を得て満足した。
これが生きているってことなんだと、そう思って少し泣いたりもした。
でも、それ以上始まることなく、お疲れ様でした、自分。とぐびっと殺った。
あまり苦しまずに死んだ覚えがないのは、アルコールのせいなのか、ビールの麦芽の苦味のせいなのか。
ガチャリと扉が開いた。
隣の部屋から出てきた、さっきの進藤さんと同じ格好をしたお姫様。
「フローラ、わたしはフローラ、なんか、そうじゃないといけない気がする、やばい気がする」
この人は冷静かもしれない、わたしはレヴィを演じようと深呼吸をした。
「ねえ、フローラ」
あれ、なんだこれ。わたしは自分の頬を触った。
「ヒッ」
「大丈夫?疲れているみたいだけれど」
「あ、っあなたは?」
「ワタクシ?ワタクシはレヴィよ」
わたしは、スラスラとレヴィらしい言葉を掴んでは口から放出していく。雲を掴んで空に送るように、慎重に、そして女優のようにレヴィを演じた気分になりながら。
わたしはこの刹那、この瞬間に、レヴィとして生きることがここで今、生きていくための目標だと気づいて思わず両手で口を覆った。
わたしは鏡の前でヴァレリーナのように踊り出したい気分だった。
「れ、レヴィって、あ、わあ、わたしをいじめる」
わたしはずんずんフローラに近づいて、どんと右手を突き出して胸を押した。
「キャッ」
「邪魔よ、フローラ」
満遍の笑みでわたしは、転んだフローラのドレスの裾でヒールの踵を擦って拭った。
さっきの男の血は消えていたがなんとなくまだついている気がしなくも無かったし、レヴィならこうすると思ったからだ。
お姫様みたいなブロンドの髪、薔薇の妖精のような赤いドレス、ルージュみたく艶やかなヒール。わたしは悪役令嬢。レヴィ・スカーレット。
ここにきて、わたしは初めて新たな自分の人生の目標を見つけたのだ。
なんてドラマチックで、素晴らしい人生なんだろうっ!高揚した、踊り出したくなった、ありがとう、誰だか知らないけれど、そうか、生きる目標をなくして死んだ人に生きる目標を与えてくれたんだね。
真紅の人生を歩もう、どうせわたしは崖から落ちて死ぬのだから。あはは、あははははっ。
悪役令状をロールプレイングしてみよう ガイア @kaname0109
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