閑話休題 これだけ頑張ってるんだから、たまには休憩したいの

 × × ×



「久しぶり」


「お久しぶりです」



 夏休み。



 私は、中目黒のカフェにやってきていた。



 約束よりかなり早く着いてしまったけど、アマネはもっと早く来ていたらしい。実家の方針でアマネも三人とは別の大学へ進んだから、会えるのを楽しみにしていたんだと思う。



「ミコが考古学って、全然イメージ湧かないですね」


「レキジョってヤツだよ、レキジョ」


「うふふ、相変わらずかわいいですね」


「アマネは、華道頑張ってるよね。雑誌見たよ、ちゃんと買ったから」


「恥ずかしいですよ。母が有名ってだけで、私の実力じゃないですし」



 連絡を取り合ってるとはいえ、少しはギクシャクするかもって心配だってけど。ブランクなんて一切無く、私たちはあの頃みたいに楽しく話せた。



 大学にも知り合いはたくさんいるけど、やっぱり高校の頃の友達は少し違う。



 凄く、落ち着く。帰って来たんだって、そう実感出来る。



 ……だから、ここで言わないと。



「そういえば、コウの事だけどさ」



 呟くと、アマネは黙って微笑んだ。



「私、ずっと嘘ついてた」


「……はい」


「ごめん」



 これは、ケジメだ。私が、アマネと友達でいるための、一つのケジメ。



「きっと、ミコが嘘をつかなくても、私はフラレてましたよ」



 否定は、してあげられない。



 でも、なんでだろ。もっと息苦しくなると思ったのに。



「私、最初から怒ってません。ミコの事、大好きです」



 アマネが、あまりに綺麗に笑うから、全然そんな事にならなかった。



「短い間ですけど、私は幸せでした。それに、辛いことは一つですけど、嬉しかった事はたくさん貰いましたから」


「そっか」


「私は、私が居たことを少しでも覚えていて貰えれば、それでいいです」



 これが、本物の大和撫子なのだろうか。友達ながら、少しは慎ましさを教えてもらった方がいいかもしれないと思った。



 なんて。



「さて、この話は終わりです。今日は、楽しみましょう」


「そうだね」



 そして、みんなと合流した私たちは、みんなでご飯を食べてからゾーイの家に遊びに行った。



「こ、これは」


「まさか、飲んだことないなんてことはないでしょ?」



 まぁ、新勧の時と、睡眠薬を飲む為に一口だけ。



「普通、カシオレとかカルピスサワーじゃない?」



 リンナの言う事はもっともだ。



「えっと、日本酒とテキーラが一瓶に、よく分からないカクテルがたくさん」


「これ、どこで手に入れたんですか?」


「バイト先の先輩が、時々泊まりに来るの。その人の買い置き」


「の、飲んでいいモノなの?」


「いいのよ」



 しかし、こんな悪ノリも許されるに決まってる。



 時刻は、午後9時。今日は、お泊り会なのだ。



「それにしても、みんな本当に変わってないよね」


「それな。ウチ、最初の頃はユウコは大学デビューすると思ってたもん」


「ほ、本物の陰キャは、デビューも出来ないんだよ」


「それは、自称するモノなんですか?」


「一つのアイデンティティだし、別にいいんじゃないかしら」



 言ってる間に、リンナが缶を開けた。みんな、それに倣って恐る恐る一つを手に取っていく。



「彼氏出来た?」


「で、で、出来ないよ。ちょっとは欲しいけど、そもそも男の子と話す機会もないし」


「実は、結構モテるタイプだと思うんだけどなぁ」


「ユウコを好きになる男って、自分からアプローチ出来なさそうじゃん?」


「あぁ。分かりすぎますね、それ」


「うぅ……ぅ」



 モテるタイプに照れたのか、残念がっているのか。多分、どっちもだ。



「どんなのが好きなの?」


「い、一生、私のことを好きでいてくれる人がいいかな。あと、私の趣味を放っておいてくれる人」


「なんか、中学時代にどんな生活をしてたのか垣間見える願望ですね」


「もう大丈夫、私たちがついてるよ」


「え、えへへ。ありがと」



 笑ったから、ユウコのおっぱいを突っついた。かわいいから、触られても仕方ない。



「リンナとゾーイはどうなんですか?」


「う、ウチもいないけど」


「残念ながら」


「なら、誰もいないじゃないですか」


「ウチら、そこんトコロも高校から変わんねーんだな」



 一瞬で、暗いムードになってしまった。彼氏が居ない事より、そういう経験が無い事が悲しくて仕方ない。



「お、男の見る目がないのよ。あたしたち、絶対にいい女よ」


「そ、そうだそうだ。男が悪い」



 二人とも、かわいいなぁ。



「でも、なんでこんなにモテないんですかね」


「こ、この話題が既にモテないよね」



 笑。



「女同士で仲が良すぎるのがよくないのかもな~」


「仲が良すぎるって何よ」


「分かんない、高校ん時に陰でウチらが言われてた事」



 ちびちびと、缶に口をつけてみる。甘くて、結構おいしい。



「でも、隙が無いという意味では、ゾーイは特にその通りですね」


「アマネが言うかね」


「ユウコはこれだし。ミコに限っては、コウ先輩に首ったけ。どうしようもないわ」



 私は、アマネの勧めを受け入れて、ここに来る前にお兄ちゃんへの想いをみんなに告白している。



 凄く驚いていたけど、妙に素直に納得してくれた。もしかすると、みんなどこかで気づいてたのかもしれない。



 ともあれ、私の憂いは無くなった。こんなに嬉しい事は中々ないよ。



「コウちん、相変わらずモテるん?」


「多分。サークルの飲み会で、やっぱり噂になってる。研究とか仕事のせいで、ほとんど時間無いみたいだけど」


「何にも変わってねー!」



 実際、どうなんだろう。外で何してるのかな。全部知っていたいのに、実は全然知らないや。



「女を泣かせる性格なのに、優しいからタチが悪いです」


「しかも、絶対に最後まで尽くしてくれるという」


「う、嘘もつかないし、かっこいいし」


「ホント、ズルい人ね」



 なんにも否定出来ない。話題を変えよう。



「出会いといえば、アマネは多そうじゃん」


「確かに、お見合いとかないの?」


「行かないって言ってるじゃないですか!」



 急に、大声を出して涙目になった。



「どったの」


「だって、リンナがお見合いに行けって言うから!」


「言ってないよ、有無を確認しただけ」


「……そ、そうでしたか。ごめんなさい、ついうっかり」



 どうやら、お酒のせいでトラウマが蘇ってしまったようだ。既に、一本空けたらしい。



「溜まってるね」


「何があったのよ」


「父が、そろそろ結婚相手を決めろって。私、自分で見つけたいのに」


「ま、まだ学生だよ?」


「私は短大ですし、卒業後の道も決まってますから。なので、結婚もすぐにって」


「キッツいな、それ」


「相手、どんな男なの?」


「みんな、典型的なボンボンです」



 ボンボンって。



「教養があるのは分かります。でも、私はもっと優しくして欲しいんです! 小さくていいから、その人から幸せを貰いたいんです!」


「まぁ、お金持ちがお金持ちと結婚する上で、相手のお金なんて気にしないわよね」


「私も、一回でいいからお金の使い道に困ってみたいかも」


「お、お金がゲシュタルト崩壊するよぉ」


「羨ましい悩みだな〜」


「羨ましくないです。はい、今度はゾーイの番」



 言って、アマネはゾーイのおっぱいを突っついた。もはや、タンクトップから溢れそうだ。



「あ、あたしは無いわよ。アメリカでも、ボーイフレンドはいなかったし」


「嘘くさいです」


「まぁ、さっきアマネも言ってたけど、ゾーイって絶対に手に入らなさそうだもんな」


「美人過ぎるっていうか、かっこいいんだよね」


「ふ、フラれるイメージが湧き過ぎる」


「言いたい放題ね」



 だって、その通りだもんなぁ。



「そんなゾーイのお好みは?」


「お、男らしかったらそれでいいかしら」


「じ、実は、Mっ気強いもんね。見た目、完全にドSなのに」


「急にぶっこむのやめて?」


「でも、二年のバレンタインはビビったよなぁ。下駄箱も机も、チョコがギッシリで」



 笑。



「もう、それは言わないでって言ってるのに」


「しかも、ほとんど差出人が不明だったのがいいですよね。みんな、本気でゾーイに恋してたんですよ」


「名前がバレたら、フラれちゃうって思ったんだろうなぁ」


「ぜ、全員女の子だけど」


「やめて! というか、リンナに彼氏が出来ないのはおかしいでしょう!? 個人的に、一番モテると思うけど!?」



 あ、誤魔化した上にリンナのおっぱい触った。



 何これ、おっぱい触るのがバトンタッチなの?



「た、確かに、リンナちゃんって学部にも男の子の知り合いが多いよね」


「高校の時も、よく男の子と話してましたよ」


「中学の時もそうだったなぁ」



 だから、他人の噂とかよく知ってるワケだし。私たちの情報って、基本リンナ発信だもん。



「ウチは、何でなんだろ。ビッチっぽいからじゃない?」



 実は、かなり気にしているらしい。言葉の後、ゴクゴクとお酒を飲んで涙目になっていた。



「か、勝手に自爆しないでよ」


「ぐす……っ」



 かわいいなぁ。



「ウチ、妙に軽く見られるんだよ。ほら、高校の時もさ、クラスで誰にでもヤラせるみたいな噂たったじゃん」


「いや、知りませんよ。は?」


「わ、私も。そんなの、聞いたら怒り過ぎて絶対に忘れられないと思うけど」


「殺した方がいいんじゃないかしら」


「え? だって。……あっ」



 呟くと、リンナはハニかんで誤魔化した。多分、お兄ちゃんが一枚噛んでるのだろう。



 リンナは言わなかったし、黙っとこ。



「まぁ、小競り合いみたいな感じ。とにかく、それだから純愛とか縁遠いし。大学でも、声かけてくるのはチャラそうな奴ばっかだし」


「真面目クンがいいんだ」


「真面目っていうか、ウチより頭いいとかっこいいなって」


「それは求め過ぎなのでは?」



 しかも、欲しがってるのって勉強の出来不出来じゃないだろうし。



「見識が広くてさ、見た目とか口調とか、気にしないでくれたら嬉しいだろ?」


「元カレを嫉妬されて、困ってそうです」


「毎日、お弁当作ってあげてそうね」


「い、一緒にゲームして盛り上がってそう」


「実は一番チョロそう」


「うるさいってば! じゃあ、ミコは――」



 ……ん?



「ミコは無いわよ。だって、ずっと恋する乙女のオーラ出まくってたじゃない」


「あ、明らかに片思いしてたもんね。そりゃ、誰からも声かからないよ」


「嘘でしょ?」



 アマネとリンナを見ると、スッと目を逸らされた。



 ど、道理で、あんなにあっさり納得してくれたワケだ。



「私、そんなに分かりやすかったかなぁ」


「コウちんだとは思わなかったけどさ。ぶっちゃけ、『そんなに好きで疲れないのかな』って思ってた」


「そうですね。まぁ、相手を知ってみれば納得ですけど」



 どうやら、ずっと気を遣わせていたらしい。いつから、こんなに嘘が下手になったんだろ。



「でもさ」



 呟くと、みんながお酒を飲んで私を見た。当然の権利のように、おっぱいを突っつかれる。



 ……私が、一番成長してなかったなぁ。



「私たち、こんなに仲がいいのに、なんで恋バナしてこなかったのかな。互いの好みを知ったのも、実は初めてだよね」


「そりゃ、出来る恋の話がなかったからだろ」


「誰も不思議に思わなかった事すら、今気付きました」


「う、嘘だと言ってよバーニー……」


「本当に、悲し過ぎるわね」



 上手にオチがついたところで、みんな黙ってしまった。



 この女子会、暗い。



「探せば探すほど、私たちがモテない理由が見つかって辛いな」


「どうにかならないの? なんか、話してたら寂しくなってきたわ」


「頑張って見つけて、落とすしかないよ」


「い、一番ハードモードなミコちゃんが言うと、説得力が凄いね」


「もう、恋バナなんて止めましょう。涙が止まりません」



 ……。



「ほら! 飲もうよ! ここにあるの、全部飲んで酔っ払ちゃおう!」


「お、おー!」



 そして、私たちは夜が明けるまで飲み明かしたのだった。



 なんだか、明日からはもっと頑張れそうだ。

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