第21話 あの場所を探して

 × × ×



 東京へ戻ってきて、三日目。



「二日酔いだぁ……」



 午前中、家に帰ってきてからはずっとベッドでうな垂れていた。昨日のお泊り会があまりにも盛り上がったせいで、つい調子に乗ってしまった。



 ちょっと反省、次に飲むのは20才になってからにしよ。



「はい、お薬。あと、お味噌汁も飲みなさい。効くから」


「ありがと、お母さん」



 午前中は、そんな感じで過ごしていた。



「……よし」



 それから、二度寝して治ったから、お兄ちゃんの部屋を探すことにした。昼下り、体調はそれなりだ。



 どこかに、お兄ちゃんの常識を作り上げた理由になるモノが眠っているかもしれない。集中しよう。



「うへへ」



 出来なかった。



 ここには、誘惑が多過ぎる。アルバムや図工の作品が、あまりにも魅力的だ。これを見てもしょうがないのに、どうしても興味が移ってしまう。



 他にも、昔使っていた筆箱やリコーダー。自由帳に、自作のカードゲーム。おまけに、サンタさんに貰った手紙まで残されている。



「やぁん、かわいい」



 多分、お父さんの部屋には先に送った手紙が置いてあるのだろう。そっちも読みたいなぁ。



 というか、いくらケチとはいえ、こんなに多くモノを残しておくだろうか。流石に、限度があるでしょうに。



「……いけない」



 集中しよう。なにか、それらしい情報を探さないと。



「文集とか、どうだろ」



 そう思って見てみるけど、小学生の卒業文集まで遡っても、それらしい情報はない。つまり、この時には既に心を意図的に隠して、何かに尽くしていたということになる。



 クラス紹介では、『リーダーに相応しい人ランキング』の第一位。将来の夢は、『人助け』。好きな人、『いない』。



 ……。



 更に、ダンボールの中を探っていく。すると、何冊もの文集や作文、そして絵日記が出てきた。



 一つずつ読むこと、6時間。カーテンの外は、薄っすら暗くなっている。



 それに気が付いた、全てが読み終わる間際。私は、奥底に眠っていた最後の400字詰めの作文用紙を手に取った。 



 どうやら、小学1年生の夏休みの宿題らしい。



 題名は、『好きなもの』。消しゴムで何度も消したからか、行が薄く黒くなっている。



 さて、今度は何が書いてあるんだろう。また、子供らしくないカッコつけた作文なのだろうか。



 お兄ちゃんの作文は、既に頭の良さが滲んでる節があるから、もう少し小学生っぽい、ちょっとバカっぽくてかわいらしい文章を読みたい。



 じゃないと、本音を書いてないだろうし。



「えーっと……」



 多分、ラストチャンス。これが、ヒントになってくれればいいけど。



「僕の好きなモノは、家族です――」



『ぼくの好きなものは、家ぞくです。

 理ゆうは、やさしくて一しょにいると楽しいからです。ぼくは、家ぞくのためにたくさんお手つだいしています。ほめられると、すごくうれしいです。

 お父さんが、よく「お父さんとお母さんどっちが好き?」と聞いてきます。ぼくは、いつもお母さんって答えてます。

 理ゆうは、お父さんはぼくより強くてかっこいいからです。お父さんは、ぼくとお母さんをいつもまもってくれます。夜もおそくて、しかもすぐにねてしまいます。

 でも、それには理ゆうがあります。

 お父さんは、みんなをまもっていてすごくいそがしいです。わるい人でも、がんばって助けます。もちろん、いい人もたすけます。

 テレビのヒーローより、多くの人をたすけています。それが、すごくかっこいいです。

 でも、お母さんは強くないです。女だし、りょう理とか洗たくとかでつかれてるからです。それに、ぼくと二人でごはんを食べる時、たまにお父さんにあいたいって言います。

 だから、お母さんのほうが好きです。お父さんは、ぼくがいなくても強いけど、お母さんは一人だとさみしがるからです』



「――なので、お母さんは僕が守りたいです。いつか、僕の方が大きくなったら、お母さんをおんぶしてあげたいです」



 ……やっと、見つけた。



 これが、お兄ちゃんの常識。心の一番奥にある、本当の想いだ。



「ミコ、そろそろご飯だよ」



 言われ、私は扉の方を向いた。お父さんが、お兄ちゃんとよく似た微笑で私を見ている。



「どうしたんだ?」


「……え?」


「何か、悲しいことでもあったのかい?」



 ――ポタリ。



 文集に落ちるまで、私は泣いている事に気が付かなかった。



「えっと、分かんない」



 また、お兄ちゃんに泣かされてしまったようだ。一体、何回私を悲しませれば気が済むんだろう。



 ホント、酷い人だ。



「まだ、コウと住んでるんだってな」



 言うと、お父さんは椅子に座った。仕草も口調も、本当にそっくり。多分、お兄ちゃんは無意識に真似してるんだと思う。



 まぁ、昔から憧れてるみたいだしね。



「うん」


「コウの事、好きなのか」



 切り込み方まで同じ。必要なことを、端的に。知っていることを、確認する質問の仕方だ。



 少し違うのは、お父さんの言葉の方が重く感じるってくらい。



「……ごめんなさい」


「仕方ない。ヨウコも、父さんに惚れたんだからな」


「えっ?」


「ミコとヨウコは、男の好みが同じだったって事だ。はっはっは」



 えぇ、お父さんってこういうキャラだったの?



「なんで、そんなにテンション高いの?」


「父さんな、ずっとカッコつけてたんだ。コウが、あまりにも父さんをカッコいいって言うから、そのイメージを壊したくなくてなぁ」


「ま、マジで?」


「マージだ。あいつが物心ついた頃、一番キレキレで仕事してたから。あいつは、そのイメージをずっと持ってるんだよ」


「じゃあ、なんで私にもそんな感じだったの?」


「ミコにもカッコいいって思って欲しかったのだ。はっはっは」



 そう言って、お父さんはおチャラけた。



 ……嘘つき。



 これ、高校生の頃にお兄ちゃんがよくジョークを言っていた理由と同じだ。私が泣いてたから、元気付けようとしてるんだ。



 だって、これが本当のお父さんなら、お兄ちゃんが一人になったあと、こうならなかった説明が付かないじゃん。



 お母さんが、私と同じ好みなら、このお父さんの事を好きになるワケないじゃん。



 まったく、親子揃って。



「ほら、父さんに相談してごらん。ミコを応援するぞぉ?」


「ゆ、許してくれるの?」


「許さん! ミコと付き合うなんて絶対に許さんぞ!」


「えぇ……」


「でも、どうせ誰と付き合っても父さんは許さないから、コウで妥協してるんだ。あいつは、一途に育ったからな。はっはっは」



 親バカそのものだった。なんか、悩んでるこっちがバカみたい。



「ほら、言ってごらん」



 これが、年の功ってヤツなのかな。



「……お兄ちゃんが、付き合ってくれない」


「ほう、それは酷いな」



 頭を撫でられても、されるがまま。だって、あまりにも優しかったから。



 あれだけ恥をかいたのに、私にはまだ恥じらいが残っていたらしい。お父さんに恋の相談をするのって、すっごく不思議な感覚だ。



「私、T大に行くくらい頑張って勉強して、ご飯の作り方も覚えて、何回も告白してるのに。お兄ちゃんは、受けてくれないし。しかも、別の人の為にずっと働いてるし。だから、ムカつく」


「ぶん殴って、言うことを効かせるっていうのはどうだい?」


「それが出来たら、苦労しないよ」



 前に失敗してる、とは言えず。口を尖らせて、窓の外に目を向けた。



 お父さんの顔、全然見れない。



「父さんが説得してみようか? 何せ、父さんの戦闘力はコウの10倍だからな。負ける道理がない」


「納得させる事と恋人になる事は、同義じゃないでしょ」


「そうかな? 少なくとも、ミコの場合は同義だと思うよ」


「……え?」



 聞き返したとき、お父さんは一枚の紙を私に寄越した。



「なにこれ」


「父さんの名刺だ」


「いや、いらないよ」


「他に、ちょうどいい紙がなかったんだ。伝えたいのは、裏側だよ」



 言われ、裏を確認する。すると、どこかの住所が記されていた。



 でも、文字がかなり古いみたい。少なくとも、書いてから何年か経っていそう。



「明日、ここに行ってごらん。ただし、ヨウコには内緒だ」


「なんで?」


「嫉妬しちゃうから」



 ……なるほど、分かったよ。



「これ、お兄ちゃんがよく行ってた『あの場所』の住所?」


「ミコは感が良すぎるなぁ、父さんビックリだ」



 白々しい。



 私が何を探してるのか知ってたから、この住所を教えてくれたんじゃん。



 こんな、何年も前から用意して、私に教える準備をしてたんじゃん。



 ……まぁ、当たり前か。



 だって、化け物のお兄ちゃんが憧れる人なんだもん。もっと化け物でも、何もおかしくない。



「それじゃあ、ご飯を食べよう。マイスイートハニーが、やたら張り切って色々作ってたからね。気に入ったのがあれば、教わって帰るといいさ」



 あ、やっぱり本当かも。この性格。



 けど、どっちでもいい。



「うん、そうするよ」



 だって、その時に私は確信出来たんだもん。



「お父さん」


「ん?」


「ありがと」



 何かの間違いで血が繋がってないけど、私のお父さんは最初からこの人だったんだって。

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