第7話 告白なんて、やめておいた方がいいに決まってる

 × × ×



「尾行しましょう」


「どうしたの、アマネ」



 とある休日。



 駅前のスタバにて、いつもの5人で駄弁っていると、突然アマネが提案をした。



「だって、モヤモヤするじゃないですか」


「な、何が?」


「コウさんの事です。あの人、いつ女遊びしてるんですか?」



 生徒会の話の折、チラッとお兄ちゃんの話が出たからか。入学以来ずっと引っ掛かっていた違和感が、とうとう不満として爆発したようだ。



「ミコ、何の話か教えて」



 ゾーイに言われ、私は一年半前の出来事を二人に伝えた。



 もちろん、覗き見していたことは隠して。



「別に良くない? コウちんだって、何か理由があったんでしょ」


「良くないです。嘘をついたということは、嘘をつく理由があったと言うことです。そもそも、嘘をつかれた事が許せません」


「ウチらが中学生だったから、距離を置いたんだろ? ミコっちが嫌ってること、本人も知ってるし」


「だからって、あんな嘘はないじゃないですか! 私、お茶をご馳走するって約束したのに!」



 プリプリしながら、アマネは抹茶ラテを飲んだ。それを見て、ゾーイが優しく窘めている。



「あ、アマネちゃん、凄く怒ってるね」


「実は、めちゃくちゃ頑固なんだよ。これって決めたら、絶対に譲らないし」


「約束したのに、絶対って言ったのに!」


「あたしらに言われてもね」


「あ、アマネちゃん。実は、会長の事が好きだったの?」


「す……っ! す、す、す! そ、それは! 今はどうでもいいじゃないですか!?」



 ……まぁ、お兄ちゃんが距離を取ったということは、つまり。



「でも、面白いじゃない。あたしは付き合うわよ」



 ゾーイは、乗り気になっていた。



 多分、今の態度で察したのだろう。



「でも、尾行ってどうするワケ? そもそも、コウちんはどこにいるんだよ」


「実は、とある筋から情報を仕入れています」



 とある筋?



 「今日は、他校の生徒会との交流の為に、芝公園付近のカフェで会議をすると。参加校は五校で、そのうち女子の会長は三人もいるようです」



 へぇ。



 お兄ちゃん、また私に黙ってそんな事してたんだ。



 ふぅん。



「な、なるほど。つまり、そこでのアプローチの有無で」


「女遊びの真偽が解かれるワケだな~」


「はい。二人きりになれたなら、他に気を遣う必要もありません。むしろ、色目は外交的にも有利に働くハズです。合理的です」



 外交って。



「ところで、アマネはコウ先輩に女遊びをしていて欲しいの?」


「……それは、秘密です。大切なのは、嘘かどうかなので」



 しかし、これは私にとって危険な状況なんじゃないだろうか。



 もちろん、お兄ちゃんはそんな事をしていないし。何なら、リンナは既に知っているといった様子だし。



 じゃあ、私がお兄ちゃんを嫌う理由も疑われるワケで。



 更に、お兄ちゃんが好感度を操作している事もバレるワケで。



 そうなると、今度はなんで操作する必要があるのかを問われるワケで。



 ……でも、どうしてか放ってはおけなかった。



「どうする? ミコ」


「やめておいた方がいいと思う」


「どうしてですか? ミコが、コウさんの事を嫌いだからですか?」



 そう言われてしまえば、返す言葉が見つからない。



 私には、黙ってアマネに着いて行くことしか出来ない。



 ……というワケで、私たちは芝公園に向かった。



 この辺にはカフェがいっぱいあるけど、ケチなお兄ちゃんが入るなら、チェーンの安い店だと分かっている。



 だから。



「よく一発で当てましたね」


「まぁ、あのバカの事なんてお見通しだし」



 向こうから見えない場所に座って、話を聞く事に成功した。



 どうやら、文化祭や地域ボランティアなどの課外活動における協力体制の会議をしているらしい。



 なるほど、こうやって各校とコミュニケーションをとっているのか。



「直近のイベントは、赤い羽根の募金活動か」


「そうですね、場所は新橋と有楽町の駅前です」



 お兄ちゃんが呟いて、隣の赤いツインテールの女が返した。あれ、お嬢様学校で有名なリーリエ女学院の制服だ。



 女は、顔のパーツがまん丸で、身長も低いから、歳不相応に幼く見える。雰囲気は小動物的で、声はちょっと少年っぽくて、如何にも甘え上手な様子。きっと、健気で純粋でいい子なんだろうって、そんな気がする。



 敵だ。



 間違いない。



「有志を募ってバイトして、その金を寄付した方が効率的な気がしますけど」



 続けて、王慶学園のイケメンが口を開いた。ウチの男子は学ランだから、ブレザーは新鮮だ。



「俺もそう思いますが、募金は繋がりの薄い日本国民が力を合わせられる数少ない機会です。ぶっちゃけ、か細い日本人の心を救済する側面もあると思いますよ」


「なるほど、そういう意見ですか」


「貧困に苦しむ方たちが、結果として私たちを救ってるなんて。凄く皮肉な話ですね」


「まぁ、仕方ないですよ」



 みんな、お兄ちゃんの言葉にすっかり引き込まれてしまったようだ。議題はお兄ちゃんを中心に、見る見る形になっていった。



「次に、鳩バスツアーの案内協力ですが――」



 そして、自然とお兄ちゃんが会議のリーダーとなり、夏休みまでのイベントのまとめと、集まる各校の生徒数の見通しなどの話し合いを終えた。



 なんか、大人だなぁ。



「道理で、生徒会活動が内申点に響くワケだ」


「あたしも、後期は立候補しようかしら」


「ちょ、ちょっと、楽しそうだよね」



 しかし、会議の内容ではなく、発言自体に一喜一憂する子が一人。



 もちろん、アマネだ。



「うぅ……っ」



 どうやら、リーダーシップに惹かれてしまったらしい。摺りガラスのついたてから目を出して、フワフワしながらお兄ちゃんを見ている。



 やっぱり、女が男に惚れる理由は『力』だ。



 腕力、知力、胆力、指導力、資金力。他にも、たくさん。



 そして、包容力。



 これが、私にとってはいちばん大事。



「とにかく、あの忙しさで女遊びは無理ね。コウ先輩、全て参加するらしいじゃない」


「ウケる、受験勉強しないのかな」


「いや、既にしてるよ。家にいる間、ずっと過去問やってるし」


「へ、へぇ。ミコちゃん、嫌いなわりに見てるんだね」



 ……しまった。



 なんでかわかんないけど、今の私は少し冷静じゃないみたい。



「たまたまだよ、たまたま」


「ふぅん」



 そんな感じで会議は終わり、店の外でお兄ちゃんたちが別れた後。



 駅へ向かうお兄ちゃんの元へ、駆け足で寄ってくる女がいた。



 リーリエ女学院の、赤髪ツインテの女だ。



「コウ君、お疲れ様」


「あぁ、お疲れ様。サクラ」



 その様子を見て、私たちはささっと物陰に隠れた。ちょうどよく、建物の角に立ってくれたのが都合いい。



 というか、私っていっつも聞き耳立ててるなぁ。



「第一高校は、六月に体育祭もあるんでしょ? あんなに役を買って出て、大丈夫なの?」


「大丈夫だ。そろそろ必要な金額も貯まったし、バイトを止めるつもりでいるから」


「そっか。まぁ、無茶だけはしないでね」



 距離が近い、距離が近いわよあんた。



 普通に話すのに、そんなに見上げる必要ないでしょうが。



「サクラはどうなんだ? 女子校だと、特有の苦労もあるだろう」


「ボクは別に。生徒会はみんな優秀だし、おっとりしてて気が楽だよ」



 ぼ、ボクっこって。



「そうか」


「それに、意外とみんな、男の子と会える機会を楽しみにしてるというか。だから、課外活動の助力には力を入れないと。ボク自身も、凄く楽しみだしね」


「今年からは、あの王慶学園の生徒が来るんだ。みんなに、気合を入れるように教えてあげるといいかもな」


「ふふ。うん、そうするよ」



 妙な間があって、その雰囲気に思う事があったのか、アマネが「むむむ」と唸っている。



「そ、それとね。コウ君」


「ん?」



 ぐぬぬ。



「コウ君は、勉強が得意なんだよね」


「あぁ、それなりに」


「よ、よかったら、ボクに勉強を教えてくれないかな。付属大学にエスカレーター式で上がっていくとはいえ、やっぱりボーダーラインはあるからさ。ボク、数学が少し苦手なんだ」


「いいよ、ならヒデヨシも呼んで三人で勉強会をしよう。彼は、数学のエキスパートだ」



 ヒデヨシさんは、さっきの王慶学園の生徒会長。



「……そっか、ありがとね」



 そして、サクラは寂しそうに笑うと、別れの挨拶を交わしてゆっくり反対方向へと向かい。



 途中、振り返ってお兄ちゃんの背中を見て、再び歩き出したのだった。



「なるほど、そういう事ね」


「アマネ、カラオケでも行く?」



 リンナのこの言葉は、きっと最後の分水嶺だ。



 やっぱり、気が付いていたのだろう。



「いいえ。問い詰めて、なんで嘘をついたのか聞き出します」


「ず、ずいぶん穏やかじゃない方法だね」


「だって、リンナも気になりますよね?」


「いや、どうだろ。ウチは、止めといたほうがいいと思う」


「もう! なら、私一人で行きますからね!」



 吠えるように言って、アマネはズンズンと歩き、人通りが増える前にお兄ちゃんの背中を叩いた。

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