第6話 頭のいい女は嫌いだ
× × ×
「庶務係の採用倍率、25倍? 募集って二人じゃなかった?」
「第一高校の生徒会って、結構課外にも関わるし。内申点にも大きく影響するんだってさ」
「まぁ、庶務に関しては他の理由もありそうですけどね」
入学して二週間後。
私は、アマネとリンナと、新しく仲良くなったゾーイとユウコを加えた五人でお弁当を食べていた。
「大変ね。そんなに気になるなら、外部で友達になった方がチャンスがあると思うけど」
ゾーイは、綺麗な茶髪を大きく分けておでこを出してる、ハリウッド女優みたいな子。ハーフじゃなくて完全なアメリカ人で、性格も豪快でカッコいい子。
「ふ、普通の女子高生は、そんな真っ直ぐ恋愛なんて出来ないと思うよ」
ユウコは、眼鏡と栗色の髪が特徴。あと、おっぱいが大きくて羨ましい。部活は文芸部で、時々激しい妄想をする事がある不思議ちゃん。ゾーイ曰く、夢女子っていうらしい。
「でも、なんでミコまで庶務に? コウさんの事、嫌いなんですよね?」
「お母さんが、あいつの帰りが遅くて心配してるから」
「ミコっち、ホントにママの事好きだよな~」
「まぁね」
そう、お母さんの為。ぜーんぶ、お母さんの為だ。
「ところで、どうやって決めるの?」
「抽選だってさ」
という事で、放課後。
生徒会室に集まった候補者でクジを引いた結果、私は無事に庶務係になることが出来た。
「ミコって、こういう偶然を引き寄せる力を持ってますよね」
「い、忙しいと思うけど、頑張ってね」
「ありがと」
まぁ、別に部活に入るつもりも無かったし、忙しいのは構わない。何なら、やることが無くて暇するよりは、その方がずっといい。
「庶務係になったのか」
「なに、文句あるワケ?」
それから、役職持ちの人たちとの顔合わせが終わって、お兄ちゃんが声を掛けてきた。
「やめておいた方がいいと、忠告した気がしてな」
「私のやる事にケチつけないで」
「いや、むしろありがたい。歓迎する」
だったら、お兄ちゃんらしく褒めてほしいって。
頭の一つでも撫でてほしいって、そんな言葉が喉元まで上がってきた。
「明後日の放課後、部活動の予算決めの会議を行う。いきなり忙しいが、協力してくれ」
「別に、あんたの為に働くワケじゃないっての」
「そうか」
「会長」
「ん。どうした、チヅル」
む!?こ、この女は!?
「棚卸しの結果、全て集まりました」
「そうか、なら確認をしにいこうか。誰か、着いてきてくれ」
「分かりました、私が行きます」
「ちょっと待って」
私は、思わずこの女とお兄ちゃんの間に割って入っていた。
黒髪の長いポニーテール、スッキリ通った目鼻立ち、長いまつげと白い肌。全体的に、クールなイメージがある。身長も高いし、声も落ち着いてて大人っぽい。
こいつ、敵だ。
私の感が、危険だって叫んでる。
「そんな作業、相棒は庶務に任せればいいでしょ。わざわざ、会長と副会長で行く必要ないじゃん」
「部活の予算決めに関する、重要な作業だから。寄付金は、無駄に使うことはできない」
「他のメンバーが信じられないっての?」
「そうじゃない。でも、全ての備品の場所を把握しているのは私と会長しかいない」
「一緒に数えるだけなら、知ってる必要ないじゃん」
「ある」
「ない」
「ある」
「ない!」
ムカつく!
つーか、何?この冷たい口調は!?私のこと、年下だと思ってバカにしてるワケ!?
「なぁ、ケンヤ」
「はい、なんすか?」
私たちの喧嘩を見て、お兄ちゃんは会計のケンヤ先輩を呼んだ。
「悪いけど、棚卸しのダブルチェックに付き合ってくれないか? 現場で数字を数えられるし、悪くない提案だと思うんだけど」
「俺、この後に予定があるんですよ」
「そうか。なら、ヨウヘイは?」
ヨウヘイ先輩は、二年生の男子で私と同じ庶務係だ。
「すいません、僕も予定が」
「そうか」
呟いて、お兄ちゃんはこめかみを人差し指でポリポリとかいた。
この女のせいで、お兄ちゃんが呆れちゃってるんですけど。
どうするのよ。
「まぁ、三人でもいいか。それだけ、早く終わるしな」
「絶対に二人でよかった」
「あなたのせいでしょ?」
「あんたが食い下がるからじゃん」
「なんで喧嘩してんだ」
ということで、私たちはゾロゾロと各部室を回って棚卸しのダブルチェックを開始した。
お兄ちゃんは、背中を向けている。今なら、きっと聞かれない。
「あんた、コウの何なワケ?」
「私は、生徒会の副会長。それ以外の何者でもない」
嘘だ、絶対に好きに違いない。
私は、目を見ればその子がお兄ちゃんに恋をしてるかどうか分かるもん。
「ただの副会長が、あんなに食い下がってくるワケないでしょ?」
「食い下がってない。会長は常にオーバーワークだから、私がサポートしなきゃダメなの」
「仕事って、ホント便利な建前ね」
「妹ほど、万能なカードじゃない」
……マズい。
この女、お兄ちゃんを理解している。
「ぐぬぬ」
つまり、好きなのがバレれば距離を置かれると知っているから、他の女と違って冷静を装っているのだ。
女として、頭のいい女ほど厄介な人間はいないと思う。
だって、それは目的の為なら、手段に拘らない事を意味しているから。
女の敵は、いつだって女なのだから。
「む、インクが切れてしまった」
「会長、これを」
「すまん、ありがとう」
チヅルは、一瞬でお兄ちゃんにボールペンを渡した。
何よ、そのドヤ顔は。
「それで勝ったつもり?」
「別に、いつもの事だから。いつもやってる事だから」
「何で二回言ったのよ」
「理由はない」
ムカつく!
ムカつくムカつくムカつく!
「次は、体育倉庫と外の倉庫だな。文化部の分は、明日見よう」
「はい」
作業を終わらせて、お兄ちゃんは素早く行動を始め、チヅルもそれに続いてスタスタと歩いていく。
「あ……っ」
マズい、全然ついていけない。私だけ、仕事が全然遅くて役に立ってない。
どうしよう、お兄ちゃんに荷物だと思われてたら。私がいるから、仕事が遅くなってるって思われたら。
……もっと、頑張らないと。
「ソフトボール、随分と数が減ったな」
「どうやら、草むらに落ちたモノをあまり拾わず放置しているようです」
「なら、明日にでも探してみるか。一つ見つければ、それだけで部費を削減出来る」
「クスクス、相変わらずの倹約っぷりですね」
「ケチなだけだよ」
軽く笑い合う二人を見ても、私は自分の分の仕事を終わらせるのに精一杯で。それなのに、何を話しているのかがどうしても気になってしまって。
だから、つい気を緩めた瞬間。
「きゃ――」
私は、棚の上に置いてあったカゴを落として、ピンポン玉をひっくり返してしまった。
「大丈夫か? 怪我は?」
「い、いや、ない」
「そうか。次からは、高いところのモノは兄ちゃんに頼め。大事無くて、よかったよ」
「う、うん」
そして、お兄ちゃんは一つずつ、散らばったピンポン玉を集め始めた。
私、こんな時にもちゃんと謝れないんだ。
なんか、死にたくなってきた。
「気にするな」
「……え?」
「兄ちゃんなんて、放送部の機材を落として危うく壊しかけた。あれに比べれば、ピンポン玉なんて大した事ない」
……お兄ちゃん。
「壊しかけたっていうか、壊してましたよね」
「いや、ギリギリセーフだった。だから、修理出来たんだろ」
「修理してる時点で、完全にアウトです」
「ぐぬ、チヅルには敵わないな」
この女、私が感動してる時に。
「別に、全然気にしてない。つーか、新人なんだから失敗くらいするでしょ」
「それ、自分で言うのはどうなの?」
「うっさい。つーか、コウとイチャつくな。キモいしムカつくから」
「イチャついてない、普通に話していただけ」
「イチャついてた」
「イチャついてない」
「イチャついてた」
「イチャついてない」
私たちの会話を聞いて、お兄ちゃんは呆れたようにため息をつくと、何も言わずに再びピンポン玉を拾った。
一体、何を考えているんだろう。
使えない奴だって思われてたら、ヤだな。
「あなた」
「……何よ」
泣きそうになりながら備品チェックをしていると、チヅルが背中を向けたまま話し掛けてきた。
「妹なのに、会長の事を何も知らないのね」
「何の話よ」
「あの人が怒っているのなんて、誰も見たことない。どんなミスをしたって、必ず助けてくれる。そういう人よ」
「知らない」
「そう。なら、覚えておけばいい。最後には、会長が必ず何とかしてくれるって」
「また上から目線で――」
「だから、寂しいんだけどね」
……今日、初めてチヅルの人間らしい声を聞いた気がした。
耳を凝らさなければ気付かないような、小さくて、弱くて、か細い声だった。
どうやら、私の方がチヅルより、嘘をつくのが上手みたいだ。
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