第4話 どうやら、お兄ちゃんはモテ過ぎるらしい

 × × ×



 気が付けば、私が素直な気持ちを打ち明けられないまま、更に一年が経っていた。



 今日は、高校の入学式だ。



 第一志望だった都立第一高校に入学した私は、現在文化ホールで生徒会長の話を聞いていた。



「一年生の皆様。改めて、入学おめでとうございます。私が、生徒会長の――」



 お兄ちゃんです。



 お兄ちゃんは、都内でも高水準の学力偏差値を誇るこの第一高校で、トップの成績を誇っているようで。



 その成果を掲げて、生徒会長に任命されているようだった。



 全然、知りませんでした。



「……なんで言ってくれないのよ」



 普通、こういう事って家で自慢したりするじゃん。



 大体、いっつもそう。自分のやってる事、全部隠すし。通ってる高校だって、お母さんに教えてもらわなければ知らないままだったし。



 というか。



「会長、かっこいい人だね」


「生徒会室の前、ファンが殺到するらしい」


「あたし、入学前のレクレーションでお話したけど、凄くいい人だった」



 そんな、ヒソヒソ話が聞こえてきて、私の胸中はだいぶ穏やかじゃなかった。



 何となく分かってはいたけど、モテ過ぎてムカつく。



「ねぇ、ミコっち」


「な、なに?」


「久しぶりにコウちん見たけど、やっぱ大人っぽいな」


「う、うん」



 当然といえは当然だけど、頭のいい二人も第一高校に入学した。



「変態なのに、生徒会長なんて凄いですね。サイコパスって、表面的な魅力や頭の良さが常人とはかけ離れてるって言うし、そのせいかもしれないですけど」


「サイコパス……」



 間違ってるって言い切れないのが、またなんとも。



「え? なんですか?」


「いや、なんでもないよ。あはは」



 誤魔化すことしか出来ない私の、本当に得意な事は嘘をつく事なんだと思う。



 だって、未だに誰も私を見破れないから。



 あんまり、嬉しくないけど。



「――以上です。それでは、一年生の皆様。一度しか無い青春を、悔いの無いように楽しんでください」



 そして、お兄ちゃんは礼をして。



「これは追伸ですが。何か困った事があれば、生徒会長として全力で協力致します。一人で悩まないで、生徒会室を訪れてください。それでは」



 死ぬほど頼りになる言葉を残し、壇上を後にしたのだった。



「……ねぇ、ミコ」


「ん?」


「私たち、コウさんに騙されてないですか?」



 きっと、自分で導いた答えと、最後の言葉の温かさの差異に、強烈な違和感を覚えたのだろう。



 リンナも、唇に人差し指を当てて首を傾げていた。



 私は、微笑んで誤魔化す事しか出来なかった。



 ……。



「ミコちゃん、どこ中なの?」


「南中だよ」


「へぇ、俺の友達も通ってたんだよね。トシって奴知ってる?」


「あぁ、バスケ部だった子だよね」



 ホームルームの後、クラスの男子たちに絡まれていた。



 こういう事は、今までに何度かあった。だから、別になんとも思わないし。そもそも、誰かと話すのは嫌いじゃないけど。



 露骨にカッコつけられると、ちょっと反応に困る。目付きや視線も、もう少しイヤらしくないといいんだけど。



「じゃさ、今度遊びに行こうよ。あ、でも彼氏に悪いか」



 これ、一番嫌い。気になるなら、ストレートに聞けばいいのに。



 ホント、どうして素直になれないのかしら。



「彼氏はいないけど、二人きりはごめん。遊びに行くならみんなで。ね?」



 そう言って、適当に誤魔化した。



 悪いけど、私が男子を好きになるとかあり得ない。



 だって、お母さんを捨てたあの男を、今でも許してないから。



「失礼します」


「あ、会長だ」



 えっ!?



「一年四組の皆さん、こんにちは。生徒会の――」



 お兄ちゃんだ! なんで!? なんでここに!?



「あとで緊張しないように、こうして挨拶に回っています。協力すると、宣言してますからね」


「へぇ、生徒会長ってそんなことまでするんですね」


「でも、どうせ覚えられなくないですか?」


「そんなことありません。あなたは、シムラ君ですね。中学の頃は野球部で、ポジションはショート」


「ま、マジすか。なんで知ってるんですか?」


「生徒会長だからです」



 流石お兄ちゃん、優しさも頭の良さも尋常じゃない。



「それでは、皆さんと話もできましたので、俺はこれで。困った事があれば、気軽に生徒会室へ来てください」



 なんて言って、隣のクラスへ向かって行った。 



「マジで、全員の名前と顔覚えてたな」


「素敵な人〜」


「私、実はちょっと憧れてるの」



 思わず、耳がピクピクと動いてしまう。私だけのモノなのに、そのお溢れなんだって分かってるけど、ついつい嫉妬してしまう。



 でも、残念。あのお兄ちゃんが、私を置いて恋人なんて作るワケが――。



「隣の人、綺麗だったよな。あの人、会長の彼女なのかな」



 ……は?



「確か、三年のチヅルさんだよな。名家の令嬢だっていう」


「冷たそうで怖いけど、会長にはお似合いだと思うわ」


「絵みたいだよな、二人で並んでると」



 いやいや、ちょ、ちょちょ。



 え?



「あれ、ミコっち。どしたん?」



 リンナが、私の頬を突っついた。



「な、なんでもない」


「何でもあるよ。顔、真っ青だよ?」



 続いて、アマネが私の顔を覗き込んだ。二人とも、同じクラスだ。



「ち、違うの。ちょっと、変なこと考えちゃって。ほら、兄貴が来たから」


「なんで、コウさんが来たら変なことを考えるの?」



 その時、周りの女の子たちが話を聞いたのか、ゾロゾロと集まってきた。



「ミコちゃん、会長の妹なの?」


「まぁ、そうだけど」



 どうやら、ちっとも似ていない顔を見比べて、不思議に思っているようだ。



 凄く、居心地が悪い。



「会長って、家ではどんな感じなんですか?」


「知らない。私、あいつの事嫌いだし。ぜんっぜん関わらないから」


「そ、そっか。ごめんね、変なこと聞いちゃって」



 つい、怒ってしまった。



 もしも、この子がお兄ちゃんに色目を使うよなシチュエーションが訪れたらって考えるだけで、無性に腹が立ってしまったからだ。



 というか、さっきの女はなんなの?当たり前のように、お兄ちゃんの隣にいた気がするけど。お兄ちゃんしか見てなかったから、あんまり気が付かなかったけど。



 黙ってれば、許されると思ってるワケ?普通に無理だから。



 あぁ、イライラする。



 すっごく、イライラする。



「ちょっと!」



 だから、私は家に帰ってから、普段は怖くて開けないお兄ちゃんの部屋の扉を、怒りに任せて思い切り開いたのだった。

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