第2話 『ツン』から始まった

 × × ×



「こんにちは〜」


「おじゃまします」



 それから一年後の、とある土曜日。



 友達のアマネとリンナが家に遊びに来た。お母さんとお父さんは出掛けていて、家には私とお兄ちゃんだけだ。



「こんにちは」


「え? 誰?」



 誰にもお兄ちゃんの事を言ってなかったから、二人の反応は当然のことだった。



「兄です、よろしく」



 軽い自己紹介をして、お兄ちゃんは部屋へ戻って行き。そして、数分経って部屋から出てきたかと思うと、そのままどこかへ行ってしまった。



 今日、家にいるって言ってたのに。



「ミコのお兄さん、かっこいいですね」


「名前、なんていうの?」


「……コウ」


「へぇ、コウさんかぁ」



 はっきり言って、二人の反応は予想出来た。



 だって、再会した時、私が一番そう思ったし。



 黒髪の短髪で、目付きがキリッとして涙ホクロもあって。背も高くて、異常に大人びていて、メガネだけどカッコいいし。



 優しさより、頭の良さが顔に出ちゃってるけど。笑うと、眉毛が八の字になって結構かわいいし。



 あと、勉強も模試で日本の上位に食い込むくらいだし。スポーツだって、何気に出来るし。



 というか、話がすっごく面白い。それが一番凄い。なのに、あんまりカッコつけないのもカッコいいっていうか。



 結構、トボけた事を言うけど。それって、私やお母さんが反応しやすいようにだって、分からされるのは凄く悔しかったり。でも、ついつい笑っちゃう時もあるし。



 あと――。



「ミコのお兄さんって、彼女いるんですか?」



 考えていると、突然アマネが意味のわからない事を言い始めた。



 アマネは、長い真っ黒の髪が綺麗で大人びた子。所謂、日本美人というヤツなんだと思う。性格は毅然としていて、一緒にいると落ち着く。



「は、はぁ!?」


「え、なんでそんなに驚くんですか?」



 驚いた、なんてモノじゃない。腰を抜かして、ひっくり返る寸前だった。



「い、いや。アマネが、あんなキモい男に彼女が出来るだなんて、絶対ありえない事訊くからじゃん」


「えぇ? 別に、ありえなくないですよね」


「頭良さそうだし、カッコいいじゃん」


「ありえない。つーか、フツーにバカだし。イケメンじゃない、全然。寝起きとか、クソブスだし」



 まぁ、嘘は言ってないです。



「寝起きがブスって、それはチャームポイントですよね」


「ミコっち、兄貴の事嫌いなの?」



 リンナが、ポッキーを咥えながら訊いた。



 リンナは、北欧と日本のハーフで、白味がかったピンクのショートカットと丸い目がかわいい子。口調と性格が、かなりギャルっぽい。



「嫌い、ほんっとに嫌い」


「なんかされたワケ?」



 言われ、嘘を思い浮かべる為に、私は鏡を見て誤魔化した。



 お兄ちゃんが家にいると思ってたから、ちゃんと髪はセットしてある。黒で、ミディアムな長さと毛先のパーマ。猫目を強調するために、目元の化粧も。



 凄く、似合ってるって言ってくれたし。家でも、ちゃんとしてるのだ。



 ……うへへ。



「なんかされたっていうか、存在がキモい」


「マジかぁ、いい人そうだと思ったけどな〜」


「いや、あぁいうタイプは裏で何考えてるか分からないから」



 これは、ホントに怒ってるトコ。



「ふぅん。まぁ、ミコっちがそう言うなら、あまり近寄らない方がいいのかな」



 そんな感じで。



 私は、今さら自分の裏返った感情を引っ込めることが出来ず、『お兄ちゃんの事は大嫌いである』とアピールせざるを得ない状況にいるのでした。



 ……それから、夕方になった頃。



 お手洗いに出ていったアマネが、なかなか部屋に戻らなかった。



「遅いな〜」


「何してるんだろう」



 そう思って、少し様子を見に行くと。



「へぇ、アマネはお茶を点てるのが得意なのか」


「はい、母が三道嗜んでまして。私も、それに倣って小学生から始めてるんです」



 何故か、廊下でお兄ちゃんと仲良さそうに話していた。



「はわ」



 思わず、隠れてしまった。



 私は、お兄ちゃんが家族以外と話しているのを見たことがない。だから、普段は一体どんな反応をしているのか興味が湧いてしまったのだ。



「なら、アマネは書道と華道もやってるの?」


「はい。しかし、母に全てを同時にこなせるモノじゃないからと、まずは茶道に重点を置くよう言われたんです」


「なるほど。茶道は、和の基礎が鍛えられるって言うモノな。利休七則も、まずは茶を点てる事から始まるし」


「えぇ、まさにそのとおりです。よく、ご存知ですね」


「偶然、本で読んだんだ。俺は、煎茶もうまく入れられないよ」


「まぁ」



 呟いて、アマネは楽しそうに笑った。



 驚いてるみたいだけど、お兄ちゃんなら絶対にそれくらい知ってるよ。



 ふふん。



「おい、ミコっち。何してんだよ」



 ジッと覗いていると、後ろからリンナが私の背中を突っついた。



「アマネが、あいつと話してる」


「え、キモ兄貴と?」


「……そ、そう」



 親友とはいえ、お兄ちゃんをキモいって言われるとピリピリ来る。



 まぁ、全部私のせいなんだけど。



「盗み聞きかよ、なんでそんな事してるワケ?」


「いや、アマネが楽しそうだったから。壊しちゃうと、なんかかわいそうかなって」



 半分は本音だ。



 もう半分は。……何だろ。



 普段、私と話してる時にはあんなふうに笑わないし、見惚れてたのかも。



 それも、私のせいなんだけど。



「よろしければ、今度お茶をご馳走させて下さい。きっと、コウさんも気に入りますよ」


「……そうだね、機会があれば」



 一瞬だけ、お兄ちゃんは言葉を迷った。



 きっと、断り方を考えたんだ。



「はい、絶対ですよ」


「あ。俺と話したとか、ミコにはあんまり言わないでね」


「うふふ、分かりました」



 アマネが笑ったのを見て、私とリンナは一足先に部屋へ戻った。適当に誤魔化して、知らないフリをしないと。



「アマネが男と楽しそうに話してるの、何気に珍しいよな」


「まぁ、実はかなり拘りが強いし。知ったかぶりとか嫌いだから、同学年とは仲良くないしね」


「どうする? アマネが、キモ兄貴のこと好きになっちゃったら」


「いや、それはないから」



 そんな話の中、ニコニコした表情でアマネが帰ってきた。



 知らなかった。この子、ポーカーフェイスとか苦手なんだ。



「ツッコまない方がいいよな?」


「うん」



 ということで、それからは少しテンションの高いアマネの、おいしいお茶とお菓子の話を聞いていたのだった。

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