第8話   アンテレSIDE

 ネアンと抱き合っていたら、いきなり殴られて、ベッドの下に落ちた俺は、盗賊がやってきたかと身構えたが、薄暗い部屋でよく見ると、怖い顔をしている父上だった。


 父上は、俺を蹴り、往復ビンタして、目の前に仁王立ちした。


 俺は素っ裸で、せめて何か羽織る物がないかとベッドに手を伸ばすと、毛布はネアンが持って行って、何もなかった。


 父上は俺をなじる。


 子供と結婚させられ、俺は自分の運命を呪ったね。


 俺は21歳だ。


 結婚させられた妻は、たった13歳の小さな子供だ。


 13歳と聞いただけで、顔も見たくはない。


 俺はロリコンではない。


 欲情できるとも思えない。


 俺には学生時代から付き合っているネアンという可愛い女がいる。


 そう美人ではないが、体の相性はすこぶるいい。


 何時間でも抱いていたいほどの名器だ。


 ネアンは、子爵家の次女で、どこかの貴族と結婚しなければ、市井に下りよと言われている。


 年齢も俺と同い年だ。


 学生時代から、俺と付き合ってきたから、俺以外と付き合いはない。


 長い時間、俺が独り占めしたから、この先の面倒も見てやらなければ、ネアンは適齢期を超えてしまった。


 ネアンと結婚するつもりでいたのに、13歳の娘と結婚させられ、俺はキレた。


 だったら、白い結婚でいいじゃないか。


 この家にいてくれさえすれば、問題は無い。


 だが、あの13歳の娘は、契約書を見た瞬間は涙を少し見せたが、その後、直ぐに冷静になった。


 その場でサインせずに、いったん、持ち出した。


 まさか弁護士の元に行ったとは想像もしていなかった。


 俺の簡略した契約書を、正式な書類に書き直し、弁護士のサインももらってきた。


 もしかしたら、俺が思っているよりも、賢いのだろうか?


 13歳の妻の顔は、正直、殆ど見ていないし、名前も良く覚えていない。


 俺にとって、結婚式は形だけで、13歳の妻など要らないのだから。


 どの部屋でも、好きな場所に留まっていてくれたら、正直、どうでもいい。


 だが、父の話を聞くと、我が家の借金をチャラにしてくれたのが、あの娘の父親で、この先、この家を守っていく娘が、あの子だったようだ。


 13歳の娘に何ができるのか、サッパリ分からない。


 だが、あの娘は知らぬ間に実家に戻り、この家の事情も話したようだ。


 父は俺を勘当するつもりでいる。


 俺がいなくなったら、この侯爵家を継ぐ者はいないのだが、頭に血が上っている父上は、その事を失念しているのだろうか?


 ネアンの家に、領収書を持って金を取り立ててくると出て行った父上が、哀れだ。


 そう思っていたら、父上は、領地を金に換えるために、動き始めた。


 どこも買ってはくれない。


 結局、13歳の娘の家に、売りに行ったが、断られたと項垂れ、更に、慰謝料の金額を提示されたようで、一人でブツブツ言っている。


 とうとう気が狂ったかと父上を見ていると、目が合った瞬間、俺に掴み掛かってきた。



「まだ、この家にいたのか?この穀潰し!出ていけと言ったであろう」



 父上と喧嘩をしていたら、騎士を伴った弁護士が我が家にやってきた。



「アンテレ殿に詳細を聞きたい。今回の白い結婚は詐欺行為にあたる可能性が高い」



 俺は不味いと思った。


 このままでは連行されてしまう。


 俺はネアンを連れて、急いで家を出た。


 持ち出せた物は多くはない。


 多少のお金と洋服数着だ。それはネアンも同じだった。


 俺は市井に下りて、名を変えた。ボブ、どこにでもいそうな名前だ。


 ネアンは、スワンと自分で名付けた。


 多少持ち出した、お金で家を借り、洋服は平民の服に替えた。


 スワンは宝石を持ち出していた。


 それを売ろうとしたが、スワンは宝石を手放さない。



「どうして、私の物を売らなきゃいけないの?」


「俺も、貴族の洋服を手放したんだ。もう貴族に戻ることないのだから、全て売って、これからの資金にしてくれ」


「ドレスも宝石も売らないわ」



 スワンは頑固だった。



「侯爵夫人になれると思って、ずっと貴方と一緒にいたのに、騙された気分よ」



 俺たちは初めて、掴み合って喧嘩した。


 現実を受け止められないスワンは、自分がなんのために改名したのかも分からずにいる。


 俺は生きていくために、仕事を探したが、俺は自分が特に特技のない平凡な男だと知った。できる仕事がない。どこに行っても、おまえには無理だと、直ぐに首を切られる。


 平民の世界は、貴族で生きていくよりずっと難しい。


 俺は、自分でできることをよく考えてみた。


 貴族の家に仕えれば、仕事はできそうだが、犯罪者として追われる身としては、やはりこっそり生きていくしかなかった。


 荷運びの仕事に就いて、働くことにした。


 家に戻ると、スワンはドレスを着て、鏡の前で宝石を着けている。



「おい、ドレスなんか脱いで、食事の支度をしろよ」


「食事など作ったこともないわ。どこかに連れて行って」


「そんな目立つ格好して、俺が捕まったら、どうするつもりだ?ドレスも宝石も脱げ」


「嫌、捕まるなら、アンテレだけ捕まればいいでしょう?」


「その名を呼ぶな。声を落とせ。俺はボブだ。いい加減に慣れてくれ」



 ネアンは「いやよいやよ」と泣き出す。


 毎日、外食をする資金はない。


 足しない金でネアンに平民の服を買い、それを手渡すと、渋々、それを着るようになった。



「ネアン、資金が足りないんだ。生きていくために働いてくれ」


 俺は、ネアンに頭を下げた、


 ネアンの我が儘に付き合っていたら、すぐにお金が底をついてしまう。



「この家に住むこともできなくなるよ?」


「それはいや」



 どうやら分かってもらえたようだ。


 俺が仕事から帰ってきても、ネアンがいない日が増えた。


 何か仕事を始めたようだ。


 ホッとしたが、それでも、出勤時間が様々で、朝帰りもある。


 ネアンを抱く時間はなくなり、帰宅するとネアンは自宅にいない。


 露天で食事を買ってきたが、結局、一人で食べることにした。


 深夜にネアンが帰宅してきた。


「食事はしたのか?」と声を掛けると、酒臭い。


「食べてきた」と言われて、ネアンのために残しておいた食事を食べた。


 このまま腐らせることが惜しかったのだ。


 自分も腹一杯は食べてはいない。



「誰と食べてきたのだ?」


「仕事をしろと言ったのは、アンテレよ?私にまともな仕事ができると思っているの?体を売っているのよ」



 その言葉を聞いて、俺はネアンが気持ち悪くなった。


 他の男の手垢がついた女を抱く気になれない。



「ネアン、別れよう。どこへなりとも出て行け」


「アンテレが私をどん底に落としたんでしょう?最後まで責任取ってよ?」


「仕事をしろと言ったのは確かだが、体を売れとは言ってはいない。おまえの貞操観念の低さに辟易しているんだ。それで幾らで売っているんだ?」


「食事代込みで、1ギル」



 安い。なんて安い女になってしまったのだ?


 食堂の給仕よりは月計算では高いが、貴族社会で生きてきた俺には、端金にしか思えない。


 俺はネアンを抱かなくなった。


 一緒に住んでいるのは、情けだ。



「金が貯まったら、出て行ってくれ」


「ケチね」



 そろそろ家を出てから3年が経つ。


 馬車馬のように働き、貯まった金はほとんどない。


 家賃は俺が支払っているが、食費は別だ。


 ネアンは食事の時間になると、フラリと出掛けていく。


 食事をして、金を稼いでいるのだろう。


 もう顔も見たくない女だ。どこかに消えてくれたらいいのに。


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