第7話   インテレッサ侯爵SIDE

 妻の末の弟、ビオニールに懐いているマリアーノが、結婚式の翌日に奇妙な契約書を持って来て、法的手続きを行ったと、マリアーノが訪ねてきた当日の夜、我が家に契約書の複写を持ってビオニールが訪ねてきた。


 契約書の内容を読んで、怒りに震えた。


 最愛の娘の幸せを考えて、潰れかけの侯爵家を助け、援助することで、娘を幸せにするつもりだったマリアーノの父、サビオ・クリュシタ伯爵当主は、あまりの腹立たしさに、大切な契約書を破りそうになって、ビオニールに止められた。


 翌早朝に到着するように、騎士と馬車と御者をマリアーノの元にやり、必ず、連れ帰るように言い渡した。


 同時に、インテレッサ侯爵当主、バイン・インテレッサ侯爵に手紙を送った。


 バイン・インテレッサ侯爵は、事業に成功している我が家に来て、跪き頭を床に擦りつけ、金を借りたいと申し出た。


 バイン・インテレッサ侯爵の領地で興している事業で赤字を出し、倒産寸前で、このままでは侯爵の位を返上して、平民に落ちるしかないという。


 金額を聞いたら、それほど高額でもなく、クリュシタ伯爵家にとっては、それほど痛手は起きない額だった。それなら手助けをして、娘を侯爵家の夫人として大切にしてくれるなら、手を貸そうと、契約して、愛して止まない娘の未来を考え、投資をするつもりで、金を貸した。


 現在、当主は、企業改革をしているところだ。


 サビオ・クリュシタ伯爵当主自ら、企業改革の手助けをしたのだ。


 人員整理と仕事のノウハウを教えて、少しずつ黒字を出しつつある。


 サビオ・クリュシタ伯爵が間に入ることで、信頼を取り戻しつつある会社だった。


 そのバイン・インテレッサ侯爵に、「今後一切、手は貸さない。娘は返してもらう。貸した金は即返金すること。娘を傷物にされた慰謝料を後ほど請求する」と書き、契約書の複写を添付した。


 サビオにとって、娘が不幸になるなら、侯爵家が一つ無くなろうと関係はない。


 実情も知らずに、娘を大切にできない息子の躾もできていないのなら、今、助けても息子の代で、潰れるだろう。


 マリアーノが、ビオニールの元を訪ねてきてくれて助かった。


 その晩遅くに、バイン・インテレッサ侯爵が、クリュシタ伯爵家を訪ねてきた。



「この婚礼は間違っていた。今後、会社への投資もしない。勝手に潰れろ。金はさっさと返せ」



 バイン・インテレッサ侯爵に、サビオ・クリュシタ伯爵当主は冷たくあしらって、跪く男を蹴り倒し、家から追い出した。


 外に蹴り出されたバイン・インテレッサ侯爵は急いでタウンハウスの邸に戻った。


 息子がしたあれこれが許せなかった。


 息子のため、これからのインテレッサ侯爵家の為に、そこら中で頭を下げ、お金を貸して欲しいと頼みまくり、やっと手助けをしてくれたクリュシタ伯爵当主を怒らせたら、もうどこも助けてはくれない。


 やっと赤字が出ないほどに回復した会社を今度は、売却して、借金の返済をしなくては、借りた額は返済できない。


 もう侯爵の位を手放すより仕方がない。


 明け方、タウンハウスの邸に着いたバイン・インテレッサ侯爵は、乗ってきた馬に水を与えて、庭の木に馬を縛って、まだ眠っている息子の部屋に乗り込んだ。


 息子は明け方だというのに、女を抱いていた。


 バインは、女の上で快楽をむさぼっている息子に殴りかかった。


 行為に夢中だった息子は、無様にベッドから落ちた。


 女は、咄嗟に裸の体を毛布でくるんで隠したが、息子は素っ裸で、床に転がっている。



「痛いな。誰だ!」


「父の顔も忘れたか?この愚か者」



 裸の体を、足蹴りにして、顔面を往復ビンタして、やっと抵抗してきた息子をその場に正座させる。



「おまえは、自分がどれほど愚かなことをしたか、分からないのか?」


「ほえ?」


「阿呆な返事をするな、愚か者。この女は誰だ?」


「ネアンだよ。学生時代から付き合っていただろう?」


「おまえは、この娘と結婚するつもりだったのか?父は反対したよな?」



 ネアン・マッシモ子爵は、名ばかりの子爵で、男爵家より貧乏で有名だった。


 その落ちぶれた子爵令嬢に、ドレスや宝石をプレゼントすることを何度も禁止した。


 騒ぎを聞きつけた家令が、部屋の入り口に立ち、頭を下げている。



「カイロス、この家の家計はどうなっておる?」



 家令は、頭を上げて、この家の当主に、真実を告げる。



「ネアン様が、ドレスと宝石を購入して、ただいま赤字でございます。食材は余り物をかき集めてシェフが作っております」


「ネアン殿、ドレスと宝石の金額の支払いを明日中にお願いしますよ」


「ドレスも宝石もアンテレ様が買ってくださったのですわ」


「我が家には、もう余分なお金はないのです。ご自身の物はご自身で購入してください」


「そんな」


「家令、領収書を集めてきてくれ、マッシモ子爵邸にお金をもらいに行ってくる」


「直ぐに準備を致します」


「困るわよ。わたくし、このままアンテレ様と結婚する約束をしているのよ?」



 ネアンは、バイン・インテレッサ侯爵に、詰め寄る。


 裸の体を毛布で隠しながら、近づいてくる娼婦のような女に、眉を顰める。


 品の欠片もない女のどこがそんなに気に入ったのか?



「下品な女、これ以上、近づくな。気持ちが悪いわ」


「なっ!」



 ネアンは怒りで顔を赤くする。



「アンテレ、おまえはこの家が、今、どんな状況なのか分かっておるのか?今回のマリアーノ様との結婚で、我が家は一命を取り留めたが、マリアーノ様はご実家に保護されておる。当主から援助を断ち切られた。支払った金額を返せと言われておる。慰謝料請求もされている」


「だから、なんだよ?」



 アンテレは、頭が足りんのだろうかと?バイン・インテレッサ侯爵は頭を抱える。



「おまえを勘当する。結婚でも何でもするがいい。その代わり、平民に下れ」


「父上、急になんです?」



 バインは複写された契約書を、頭の足りん、アンテレの目の前に突き出した。



「これはなんだ?」


「俺にあの子供と結婚させるつもりだったのか?」


「マリアーノ様は、サビオ・クリュシタ伯爵当主が手塩に掛け育てた令嬢であるぞ、商才に長け、13歳にして、既に起業しておいでだ。クリュシタ伯爵当主は、娘を大切にしてくれるならばと、我が家に嫁がせた。それをおまえは、こんな契約書を作成し、愛人を自宅に呼び、妻になった宝を離れに住ませたのだろう。この恥知らずが。私がどれほど、この侯爵家を守るために頭を下げて歩いたか、知っているか?知らぬだろう?もう、おまえなどこの家には要らぬ。出て行け」



 目の前に裸で正座をしている息子を、蹴り倒し、それを家令に止められ、その騒ぎで、家中の使用人が目を覚まし、アンテレの部屋の前に集まっている。


 家令から、ネアンの領収書をもらい、マッシモ子爵邸にお金を請求しに行く。



 +



「お宅の令嬢、ネアン殿が勝手に我が家の金を使った額だ。支払ってくれ」


「そんな金はありません。ネアンはインテレッサ様と結婚すると申しておりました。もう家も出ております。むしろ、支度金など支払っていただきたい」


「勝手に押しかけてきたのは、そちらの方だ。本妻が出て行って、我が家は火の車、ネアン殿の浪費が原因ですぞ。責任を取っていただきたい」


「あの子は、要りませんので、売るなり焼くなり、好きしてください」と子爵邸を追い出され、バイン・インテレッサ侯爵は途方に暮れる。


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