第5話   研究所

 化粧品に使われる薬草は、この地で作られている。


 3年前、母と一緒に行った王妃様のお茶会で、わたくしは王妃様はどんな化粧品を使っているのだろうと思い、子供だからズケズケと込み入ったお話を聞けたのだと、今のわたくしは思う。


 王妃様は異国の姫だった。


 政略結婚で、我が国の妃になった。


 子供はわたくしより大きい。


 それでも、王妃様はとても美しく、肌がとても綺麗だった。


 我が国でも、化粧品は販売しているが、上位貴族の奥様達と全く違った、きめの細かい肌をお持ちだった。


 その美しさに、わたくしは興味を持った。


 大人が聞けば、不敬にあたるだろう。


 10歳のわたくしは、王妃様の美しさに正直に賞賛し、どんな化粧品を使っていて、どんな手入れをしているのか興味が湧いた。


 王妃様は、子供相手でも、無視などせずに、いろいろ教えてくれた。


 王妃様の母国にある肌を白くする薬草について教えてくれた。


 使っている商品の名前も教えてくれた。


 黄金の髪も美しく、そこに毎夜塗られるオイルについても教えてくれた。


 手に塗られるハンドクリームやボディークリームについても、わたくしの肌に直接塗って、その仕上がりを実感させてくれた。


 入浴後に施される、体のマッサージに使うオイルの話。仕上がりは、白磁のようになるそうだ。王妃様はその商品名も教えてくれた。


 王妃様には王子様はいたが、王女様はいなかったから、わたくしを娘のように思ったのだと、後で教わった。


 お茶会の時に、母について遊びにおいでと、そっと囁いてくれるほど、わたくしを好いてくれていた。


 わたくしは、王妃様に教わった肌を白くする薬草の話、王妃様が使っている化粧品の話、ハンドクリーム、ボディークリーム、マッサージオイルの話を父にした。


 父はすぐに興味を持った。


 王妃様の出身の国とも貿易をしている父は、わたくしをその国に連れて行ってくれた。


 王妃様が実際に使っている化粧品を購入して、肌を白くする薬草を仕入れた。


 体をマッサージするオイルにも美白成分が含まれていて、いろんな花の香りがするオイルが販売されていた。実際に購入してもらって、わたくしもマッサージしてもらった。


 確かに、国内で販売されているオイルより、仕上がりが色白に見える。領地の一角に畑を作り、そこに、薬草を植えて繁殖されていった。わたくしは研究所を作るために、王妃様の母国のキルルゴ国からの紹介で、クリシス帝国に一年留学した。そこで近代的な電気の勉強をしてきた。帰国するときに、今の研究所の所長を連れてきた。


 わたくしと所長で、研究所を作り、購入してきた化粧品類を調べていった。研究員は、わたくしがスカウトした。


 初期投資にお金はかかったが、わたくしは、しっかり取り戻せると確信があった。


 研究員は薬学に詳しく、最初は医薬品から製造した。


 それだけの売り上げで、父に借りていたお金を返済できた。


 化粧品は、幸い、特許などはされていなかったので、真似ても問題はない。


 まずは忠実に同じ物を作ってみた。


 それから、更にオリジナル商品を作っていく。


 ハンドクリームは美白クリームと肌荒れ用のクリームの二種類を作った。


 化粧品は、この国に合わせた、商品に変化させた。


 王妃様の出身の国は、比較的気温が高めの国だ。その反面、この国には冬もあり夏もある。四季があるのだ。寒い季節用と暑い季節の物の二種類を用意した。どちらも美白成分のあるものだ。太陽から肌を守るための乳液も作り、夜用の乳液も作った。どちらも美白成分入りで、肌がしっとりする。


 温度変化で乾燥しがちな肌に潤いを持たせるためのボディークリームも美白成分の入ったしっとりする物だ。香りも薔薇の香りをつけている。実際の薔薇から抽出された物を使って、化学物質などを一切使っていない物だ。妥協を一切見せず、本物志向の物を作りたかった。


 女性なら誰もが、美しくなりたいと思う。


 髪に塗るオイルも、髪を乾かす前に塗り、乾かしたらサラサラになる物を目指して研究した。


 3年を費やして、やっと最終の試供品ができた。


 この試供品は、領地の婦人に頼み、試してもらっている。


 勿論、わたくしも使っている。


 わたくしの肌は、自分で言うのも恥ずかしいが、かなり綺麗だ。


 潤いもあり、肌つやもいい。


 淡い金の髪が、髪を乾かすだけで真っ直ぐになるほど、髪質も良くなった。


 亡くなった母の肌も、生娘と変わらないほど綺麗になったと父が言っていた。その母をモデルにしようとしていたほど、父は母の肌の美しさを自慢していた。


 その母が亡くなった時は、父はかなり塞ぎ込み、酒に溺れた時期もあった。


 母にそっくりのわたくしを見るのが辛いと思っていたかもしれない。



「お父様、この商品は王妃様に献上いたしましょう」


「そうだね。王妃様から情報を盗んできたのはマリアだ」


「人聞きが悪いですわ。盗んできたわけではないわ。興味を持ち、教わってきたのよ」


「そうだったね」



 父は、商品の香りを嗅ぎ、満足げに頷いた。



「この商品の入れ物はどういたしましょう?太陽の日差しは塞いだ方が長持ちすると思いますので、遮光する物がいいと思いますが」


「美しいガラスの瓶に入れたら綺麗だと思ったけれど、遮光をしなればならないなら、そうね」



 研究所の所長と打ち合わせをする。



「陶器はどうかしら?」


「陶器なら遮光は可能ですね。クリームとお揃いの物を作ることができますが、少し割高になりますね」


「商品は貴族の奥様を対象にしているので、多少高くても買っていただけるような気がします。見た目にお洒落なら、飾ってもいただけますわ。ただ一般庶民向けの肌荒れ用のクリームは、装飾の少ない陶器にしたら如何ですか?」


「それはいいですね」


「香りは薔薇の香りがしているので、ボディークリームの柄は薔薇の花をイメージした物がいいわね。化粧水と乳液は、白をベースにして、絵を描いたらどうかしら?こちらは無臭ですけれど、イメージとして優しい色合いでお揃いの薔薇の柄がいいわね」


「さすが我が娘だ。早速試作品を作ってみよう。色はマリアの色のイメージだとピンクがいいな」


「わたくしのイメージですか?」


「商品名は、マリアだ。これは研究を始めるときに既に決めていた」


「わたくしの愛称を名前にするなんて、恥ずかしいわ」


「ベルと話し合ったんだ。この企画を始めるときに、できあがった商品の名前は、マリアにしようと」


「お母様が?」


「ああ、そうだ。お茶会で、積極的に王妃様に話を聞き、王妃自ら、マリアの肌にクリームを塗ってくださったのだ。できあがった商品は、マリアの名をつけ、王妃様に献上しようと決めていた」


「お母様と決めたのなら、わたくしは従います。ああ、そうだ。パーティーの時に、貴婦人に試供品を渡せるように、小さな物も準備をした方がいいわね」


「最初は宣伝しなくてはならないから、多少、コストがかかっても、多めに作ろう」


「そうですわね」


「店のことだが、貴族街に一軒と研究所に一軒作ろう」


「はい」


「旦那様」と所長が声を掛けた。


「ヘアーオイルとマッサージオイルはどういたしましょう?こちらは、ガラス製でも構いません」


「まあ、ガラス製もいいなら、いろんな色の瓶を用意いたしましょう」


「コストを考えると、一色にした方が割安になると思うが」


「そうですわね、では、一色に致しましょう。薔薇の香りがするから、赤かピンクがいいわね」


「赤い色の方が目に付くのではないか?」


「では、赤い色に致しましょう。大きさも違うから、間違うこともありませんね」



 私達の背後で、秘書が記録をしている。


 スーツを着た男性、父の秘書のロッホは父の弟の息子だ。子爵を名乗っているが、親戚だ。



「時々、限定品で別の色も出してみると、コレクターが現れるかもしれませんわ」


「それはいいな」


「どんどん、商品ができあがっていきますわ」


「ああ、そうだな」



 わたくしは、つらい身の上を忘れて、この時間を楽しんでいた。


 3年は長かったけれど、やっと完成すると思うと嬉しさが増していきます。



「マッサージオイルは、順番に香りを増やしていきましょう」


「そういえば、領民から、試供品の提供がなくなったら、肌の手入れができなくなると申し出がありました」



 所長が思い出して、口にした。



「そうね、今までお肌の手入れをしていたのなら、続けた方が絶対にいいものね。でも、今作っているのは、貴族向けの高級品ですもの。領民には買えないわ。それなら、割安で、保湿力のいい割安の物を続けて研究して、庶民向けの化粧品を作りましょう。そうしたら、平民街にもお店を作れるわ」


「それはいい」とお父様が言った。


「研究所の方で、試供品を作ってみます」



 所長は、新しいサンプルの提案をノートに書き記した。



「では、明日にでも、陶器とガラス瓶の製造工場に行ってみるか?」


「はい」


「好きなデザイン画あるようなら、描いておきなさい」


「デザインも考えていいの?」


「ここの企画を考えたのは、マリアだよ。ここの研究所も工場もマリア名義になっている。まだ成人を迎えていないから、父は保護者として補佐をしているが、いずれは、一人でこの研究所も工場もやっていくんだ」


「お父様、ありがとうございます。女性が美しくなれるように、日々精進いたします」



 お父様は、わたくしが一人になっても、女主人として生きていけるように、考えてくださっている。


 今は、父に商売を習おう。


 それが、いまできる最善だ。


 新しいサンプルをもらい、領民に配る手配をすると、わたくしたちは自宅に戻った。



「シェロスお義姉様、今回のサンプルです。これが最後になると思います。お願いします」


「まあ、やっと完成なのね」


「はい、王妃様に気に入っていただけるといいのですが」


「マリアとお義母様が一緒に考えて作った物ですもの。上手くいきますわ」



 お義姉様は優しく微笑んで、試供品を受け取ってくださった。



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