第4話   実家

わたくしは家令に、父にすぐに戻るように言われたことを伝えて、その日、実家に戻ることにした。


朝引っ越しをしたばかりなので、荷物は荷ほどきもしていない。それを馬車に載せてもらい、わたくしはエリナと供に馬車に乗った。


実家まで一日かかる。


実家もタウンハウスに邸を持っているが、元々、商人で貿易を商売にしているので、海に面した領地がある。


領地では海の幸の加工や販売、高価な真珠の養殖などもしているので、父としてはタウンハウスの邸で暮らすより、領地で暮らしていた方が動きやすい。


兄夫婦も領地で、父の補佐をしている。


この婚姻の話がなければ、わたくしは王立学校に通う為に、寮生活をする予定だった。


わたくしに任せられている化粧品の研究と、それを完成させていくことと、学校生活を両立するはずだった。


馬車で移動中、わたくしは黙って、いろいろ考えていた。


これからのこと。


白い結婚でも、わたくしは既婚者になってしまった。


泥が付いたわたくしの、この先のことを考えると、13歳でもうろくな婚約者は現れないだろう。


万が一、好きな人が現れたとしても、結ばれることはない可能性が高い。


一生、独身で暮らすことも考えなければならない。


寂しい人生だ。


現実を前にすると、その場に座り込んでしまいそうになる。


わたくしが黙っているので、エリナも黙っている。


母が生きていたら、今のわたくしの現状を嘆き悲しんだはずだ。


オレンジ色に輝く太陽が西の海に沈む頃、領地の邸に到着した。


馬車が到着すると、お父様が邸から出てきた。


外から扉を開けて、お父様は、わたくしに手を差し出した。



「お帰り、マリア、父が間違えてしまったようだ。すまない」


「侯爵様は愛人がおり、結婚式を終えてから、邸に戻るとすぐに契約書をわたくしに渡しました。白い結婚だと言われ、いろいろ他にも書かれていましたが、わたくしを妻にするつもりは微塵もなかったと思います。名前も一度も呼ばれておりません」


「辛い思いをさせた。すぐに、離縁の手続きをするつもりだ。我が家からの支援がなくなれば、あの家は、すぐに破滅するだろう」


「そうですか」


「悲しいか?」


「いえ、侯爵様に愛情の欠片もございません。ただ使用人達は、優しい方だったので、路頭に迷うようなら気の毒だと思っただけですわ。特に家令は、侯爵様をお叱りになっておりました」


「腐っておるのは、息子だけか?」


「わたくしは当主様のことは知りません」


「当主はマリアを実の娘のように大切にすると言っておった。侯爵家を復興させようとしておったが、継ぐ息子が腐っておったら、また直ぐに傾くであろう」


 わたくしは、黙ったまま、ただ頷いた。


 父の言うとおりだと思った。


 あのお方は仕事もせずに色欲に酔っていた。


 そんな不実な者が、後継者では、先はしれている。



「エリナ、よくマリアを支えてくれた。お礼を言う」


「当然のことをしたまででございます」



 エリナは、深くお辞儀をした。



「まずは、部屋に入りなさい。マリアの部屋はそのままだ。すぐに使えるだろう」


「お父様、ありがとうございます」


「それと化粧品の最終試供品ができあがった。これで試してみて、不都合がなければ販売ができるであろう」


「本当ですか?お父様」


「ああ、明日にでも、一緒に研究所に行こう」


「はい」



 わたくしの荷物は、使用人が部屋に運んでくれている。



「夕食も一緒にいただこう」


「はい」



 父がわたくしを抱きしめて、そっと肩を抱かれて、久しぶりの実家に足を踏み入れた。


 住み慣れた家に戻り、涙がこみ上げてくる。


 結婚式から堪えていた涙が、流れ落ちる。


 父は、抱きしめて泣かせてくれた。



「お帰り、マリア」



 兄が、わたくしの頭を撫でてくれる。



「お帰りなさい。マリア」



 お義姉様がハンカチを貸してくださった。



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