第9話

 兵を取り上げられたミカ将軍が選んだのは後者、凡そ五千を引き下げて本来任務である防衛に消え去ってしまった。それを確かめると宰相オーニュクスはゴルト軍務卿、ヤーデ将軍を率いてペルル公爵軍を追った。その動きを王都に報せると、アハート将軍は王都マルモアの城門を全て閉じて、城壁を盾にして迎え撃つ。


 戦力では遥かに上、だが敵地奥深くに侵入し、補給線を切られていて、先の戦では惨敗した。戦意は今一つ、ブライとツィンで強制徴兵したやつらなどいつ裏切ろうかと様子を窺っている有様だ。王都まで一日の距離で野営をしたが、朝になると兵が随分と脱走してしまっていることに気づく。


 そこでペルル公爵は閃く、王都を後回しにして宰相を先に倒してしまえば兵力差が生かせると。急激に方向転換をして王都がある東ではなく、西へと道を引き返す。宰相の軍は凡そ八千弱、公爵の側は昨夜の脱走で恐らくは二万五千にまで減っていた。


 二日かけて来た道を戻っても、全く会敵しなかった。周辺を捜索させると、一部の兵が戻ってこない。どこかに潜んでいるのだろうと腰を据えて偵察を増やすも姿を見ることはなかった。野営をすると真夜中に「火事だ!」暗夜揺らめく炎が闇を照らしている。


 軍需物資が多少焼かれはしたが大勢に影響はないと、翌日も朝から捜索中隊を多数繰り出すが全く見つからない。それどころか幾つかの中隊が戻ってこない。不気味さを感じたので、一旦ブライかコーレを占拠してしまおうと移動を始める。


 二日目の昼にブライ市の近くにまで戻ってきたは良いが、城門を閉ざして徹底抗戦の構えを見せていた。そこに宰相の印も翻っていて、数千の軍が詰めている。ペルル公爵はこれなら落とせると踏んだ。


「城壁に拠っている敵を打ちのめせ!」


 大軍を進めて街を攻める。矢を射上げて、石を投げつけ、梯子をかける。だが城壁からも同じく矢をうち、丸太を落としては登って来る兵を叩き落とし、熱湯をかけてスフェール軍を寄せ付けない。事前準備があまりにも用意周到で公爵が顔をしかめる。


 一日中攻めても全く息切れすることが無いのは双方同じだが、被害の面ではスフェールに数千の負傷者が量産されてしまって居る。少し距離を置いて野営を行う、夜直も多めにして休もうとすると「敵襲だ! 敵襲!」銅鑼を鳴らして暗闇から矢を飛ばして来る敵に対抗した。


 結局夜明けまで小競り合いをしたかと思うと、昼間はブライ市を攻めて手痛い反撃を受ける。そして野営地ではまた夜襲を受けてしまった。これでは戦にならない、簡易陣地を構築する為に翌日は攻撃をせずに築城に専念する。すると遠くから何かを括りつけられた矢が多数陣にうちこまれた。


「なんだこりゃ」


 兵士が手にしてみると、紙を縛り付けてあったのでそれを開く。そこには「スフェール各地で反乱が起こっている」表現は違えどそのようなことが書かれていた。原因は一つ、オニチェ税と揶揄される増税だと指摘されていた。


 内容が伝播したのを見計らって騎兵が複数やって来ると、陣を遠巻きにして声をあげる。


「お前達は遥々モジャウハラートまできて、あの寵姫のわがままの為に命を懸けて戦っているのか!」


 口々にオニチェと名を出しては、理不尽なことを叫ぶ。兵にしてみればそんな理由で戦っているわけではないとの意識が強く、面白くない感情が大きくなる。野戦陣を作る意味は二つだ、敵の侵入を阻むのと、脱走兵を阻む。夜を越えてみて少し兵が減っているだけで済んだが、時間が経てば状況は悪化する、ペルル公爵も腹を決めねばならなかった。



 春の日差しが優しい風を運んできた。エメロード宮では昨年から続く戦の件について、王の御前で話題にするのが憚られるような雰囲気になってしまって居いた。何せうまく行ってないことを報告すると、オニチェが横から口を出して処罰される者が何人もいたから。


「今期の徴税ですが、春に採れる作物が豊作との見込み。多少ですが民にも還元出来そうです」


 玉座のエーデルシュタインがつまらなそうに肘かけに身体を預けて聞き流している。その隣、王妃の座に座っているオニチェが宰相の報告を聞き逃さない。


「余裕があるならば税をあげたら? 冬の税を減免したことがあったでしょ」


「それは猟師などの手が減り、収量が減少した村が多かったからだ。此度の件とは無関係だが」


 余計なことを言うなと心中で呟く。徴兵された猟師が居なくなれば狩りなど素人が出来ようはずがない。税金代わりに兵士を余計に連れて行った、それがわからないのかと叫びたくもなる。


「減らすことがあるんだから、多目に取れる時にとらないとダメよ。農民なんて生かさず殺さずにしなきゃ、宰相ってもしかしておバカさん? きゃはは」


 宰相は己の怒りを飲み込む。王の御前で醜態をさらすわけにはいかない、彼にはそのような矜持がある。代わりに宰相の教え子である、財務次官が後方から進み出て声をあげる。


「ふざけるな! 貴様のせいでどれだけ多くの民が苦しんでいると思っているんだ!」


 自分のことならば耐えることも出来ただろうが、敬愛する師をあのような女に侮辱されて黙ってはいられなかった。


「なにあんた。ねぇエド、あいつ反抗的よ!」


 視線をチラッとオニチェにやってから、財務次官へ向ける。面倒なことが大嫌いな王はどうしたらこんなことが起こらなくなるかを素早く考える。答えは直ぐに出た。


「そこのお前、もう出てこなくて良いぞ、下がれ」


 居なくなってしまえば揉め事も起こらない、至極簡単な答えに辿り着いた。そうやって今まで何人罷免してきたか、去った人材はどれもこれも官僚の頂点を極めることが出来る優秀な人材ばかりだ。


「陛下! 自分は――」


「財務次官、陛下が仰せだ、下がりたまえ」


 振り向いた宰相が制する。言葉はそうだが、目は何かを語っていた。財務次官は師の言葉だと言いたいことも言わず「失礼致します」この場を去る。抗議を続ければ処刑される恐れがあったからだ。


「陛下、昨今国内で反乱が多く起こっております。民に不満が溜まっており、これでは離反の恐れが御座います」


「そうか、宰相に任せる。上手くやってくれ、今日はもういいだろ」


 そう言って玉座を立つと、オニチェを伴って部屋を出ていく。税金の件については有耶無耶に出来たので、多少は民の不満も減るだろうと小さく息を吐いた。大臣らも疲弊している、このままではいけないと解っていてもどうすべきか踏ん切りがつかなかった。


「宰相閣下、国内についてはどうにか致します、ですが」


 外務卿が最近諸外国の動きが怪しいと告げる。それは宰相も感じていた、何かを探るかのような動きがあることを。


「モジャウハラートが思いのほか抵抗する、だがそう長くはあるまい」


 圧倒的な国力の差がある、それを跳ねのけることは出来ない。ペルル軍団も王都にまで攻撃を仕掛けて、一旦はブライにまでひいたものの兵力を糾合し進軍する計画だと聞いていた。謁見の間に騎士階級の伝令がやって来た。大臣らに礼をすると報告をあげる。


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