第8話

 司令官のペルル公爵は王族の血が流れている。王位継承権はない、数代前の王子が継承権を放棄する代わりに公爵家を建てたのが始まり。女子が産まれたら王家に嫁がせているので、外戚という意味では王朝と隆盛を共にする存在として知られている。


 現在の当主の妹が、先々代の王に嫁いでいた。その上で公爵の息子に、先代王の娘が嫁入りしてきている。王国のハートランド、安全地帯で暮らしている一族だけに気位も高い。


「祖国を単身離れ、毒茶を出されても耐えて飲み、下衆に罵られようとも堪え、王に真摯に仕え権威を守り、己を律して憚ることのないマリン王女殿下を、その手で汚し死に追いやった不埒者を頂く蛮族めが! 貴様等のどこに大道があるか!」


 クプファーと同じく喪服をまとい戦場に現れたアハート将軍。彼はマリン王女の母である、ヴィリロス王妃の従騎士であった。王妃が逝去した後に引退し大人しく暮らしていたが、此度の戦が宣言された際に王に現役復帰を願い出て受け入れられた。


 戦場には出すまいと考えていたが、王都マルモアにまで迫られては是非もない。何せ他には万の軍勢を預けられる武官など王宮に残っていないのだから。


「田舎者がスフェール王国の王妃などというのが間違いだったのだ!」


 攻めることは得意でも、攻められるのは苦手だった公爵が、反論をし辛い言に押されてしまう。


「人の価値とはその行動で決まるものだ。王女殿下を殺めた不埒者は、立場を弁えぬ悪女にうつつを抜かしておるではないか! そのような国の妃になど出すべきではなかった。だが、せめて世にその非道を問う位はしてみせる! 総員戦闘準備!」


 大地を揺るがさんばかりの大きな声がモジャウハラート軍から発せられる。ガンガンと武器を打ち合わせて威嚇を行った。スフェール軍の一部では、オニチェのことを言われた途端にやる気を減じてしまう者が居た。増税に苦しんでいる層で、公爵家に雇われている正規兵ではない徴兵された者達、つまりは九割の兵。


 連戦連勝して意気上がっていたペルル軍団ではあったが、今度は少数でもなければ守るだけで精一杯の者でもない。体力こそ低下しているものの、軍兵として暮らしてきたことがある経験者だ。


「ええい、掛かれ!」


「ここで負ければ我等の心も、王都に残してきた家族も、モジャウハラートそのものが踏み荒らされる。骨は拾ってやる、大切な者の為に命を惜しむな! 進め、この一戦に国運が掛かっているぞ!」


 明らかに舌戦ではアハート将軍に軍配が上がる。雪に足を取られながら両軍が衝突した。側面を脅かすような機動は取れないので、自ずと正面からの交戦になった。長引けば体力が無いモジャウハラートの予備兵が不利になる、だが戦いはもつれ込むことなく決着がついた。


「いつでも力でねじ伏せることが出来ると思うな! 俺は死ぬまで戦うぞ!」


 スフェール軍は傷を受けると後退するのに、モジャウハラート軍は片手を使えなくなってもなお前へ進んだ。助からない怪我をしたなら、道連れを望んで敵に組み付いては相打ちに持ち込む。


「な、なんだこいつら狂ってやがる!」


 徴集兵が我先にと後ずさり背を向けて逃げ去っていく。そうなれば戦線を維持できるはずがない。公爵の兵が主を囲んで守りながら「閣下、ここは離脱すべきです!」西へと動き始める。一度傾いた天秤を覆すことは出来ない。


「おのれ! ここは退く、お前達は敵を少しでも足止めして戻れ!」


 側近だけを百人引き連れてペルル公爵はブライへと向けて逃げ出した。残された私兵は圧倒的多数を前にし、少しずつ後退しながら時間を稼ぐ。ここで公爵を害されでもしたら、故郷の家族が惨殺されてしまうから。結果、僅か数十人が深い傷を負ってブライへたどり着く、王都マルモア防衛戦はモジャウハラートが勝利することとなった。



 ツィンとブライはペルル軍団に占拠されてしまい、そのまま冬を越すこととなる。ラーヴァ要塞も、コーレ市も変わらず膠着したまま。厳冬期を終えて春の日差しが戻って来ると、ついに新たな動きがもたらされる。ペルル公爵の命令でグラナト方面軍から一万の軍を引き抜いてブライへ寄せることになった。


 コーレ市を包囲しているミカ将軍へも兵を出すように命じる。爵位が高いペルルは司令官としても一段上の立場に居るので、拒否出来ずに彼女も五千を送る。散っていた兵を再度召集し、ブライとツィンでも強制徴兵することで合計三万の軍を集めることに成功した。


 その殆どを率いて王都マルモアへと再び軍を進める、動きを阻止できるものはおらず半ば過ぎまで行ったところでペルル公爵のところへ伝令がやって来る。


「申し上げます! ブライ市に突如モジャウハラート軍が現れ奪取されました!」


「守備隊は何をしていたのだ!」


「それが、城外に敵が現れると住民が城門を勝手に開いてしまい、守備隊は戦うことも出来ずに降伏を」


「むむむ! ……だが主力ではこちらだ、王都を奪えばあのような街どうでも良いわ」


 現れた軍勢は三千、そこにはオーニュクス宰相の旗印が翻っていた。当初姿を消した兵と数が合わない、急に増えるわけがないのでどこかでその誤差が生じる。即ちラーヴァ要塞とコーレ市。冬季にこの地を離れて何かをしていたが戻って来た。


 その翌日、非常に大きな変化があった。ブロンセとツィンの間にある橋が壊されて、河を渡ることが出来なくなってしまって居る。オーニュクスの指示で、双方にとって辛いことではあるが往来が制限されてしまう。さらに言えば暗夜ラーヴァ要塞から兵を全てコーレ市方面へと移し、こちらの橋も壊してしまった。


 何が起こるかと言うと、三万数千の兵がモジャウハラートに取り残された。表現はそうなるが、侵略側の方が多数いるので実際はどうだろうか。この時、ミカ将軍には二つの選択肢があった、一つはペルル公爵と合流して指揮下に入り戦を継続する。もう一つは速やかに撤退し、アーグラ方面の防衛に戻る。


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