第3話


 暖かな風が吹き込むエメロード宮、王と愛妾が段上にある一対の椅子に座っている。集まっているのは他でもない、週に一度だけ開かれる御前会議だ。昨今の状況を宰相から報告を受けている途中。


「モジャウハラート国の前軍がマイカ市を占拠し、防御を固め――」


「あー、なんかもういいわそれ。もっと面白い話はないのか?」


「お、面白い話ですか。それはどうにも……」


 戦争が起きている国家の一大事だというのにその言葉、宰相が面食らってしまった。直ぐに反応が出来ない。


「はあ。せっかく見逃してやってたのに、なに刃向かって来てるんだ。あんな雑魚国家はさっさと滅ぼしとくべきだったんだよ」


「あなたたちの努力が足りないのではないの? どうしてまだ倒せてないのよ」


 オニチェまで相乗りして勝手なことを言い出す始末に、重臣らがため息をつきそうになる。ここで暴発するつもりはない、だからこそ無言になる。誰かが「陛下のせいです」と言えたらどれだけ気が楽になるか。


「現在レーム市に軍勢を集めておりまして、マイカ市を奪還するのもそう遠くは御座いません」


「全力で叩きつぶせよ、あんな小国は属領にしてやれ。そうなったら税金もより一層厳しくかけるんだぞ」


 宮廷に連なるだけの者はそこまでではないが、領主貴族である重臣らは辟易としていた。税金を徴収することは構わない、だがその使い道には不満しかなった。


 エメラルドがちりばめられた派手なドレス、オニチェが着ているあの一着の為にどれだけの農民が飲まず食わずで働いているというのかを考えるとイラついてしまう。


「御意に。グルナ将軍を司令官に据え、グラナト方面を指揮させております。南方のアーグラ方面軍はミカ将軍を司令官にし、増援準備中で御座います」


「あの女か、可愛げはないがそのくらいは出来るだろ」


 サフィールの南西、王都の盾と呼ばれる要塞都市アンフルで動員兵を召集している途中。すでに防衛用の別動隊が先行しているのでアーグラ市も簡単には落とされないよう対抗措置はすんでいる。エーデルシュタイン王の感覚ではそうだが、彼女はスフェール王国でも随一の将軍だ。


 王の基準は男と女で違う。将軍であっても可愛いかどうか、そこで判断をしている。見た目だけでなく性格も含めての事、などと言っても正直なところ軸が全く違う。


「ねぇエド、もう疲れたぁ」


「そうか、じゃあやめだやめ。後は任せるからな」


 途中だというのにさっさと二人で場を離れてしまう。だからと誰一人叱責は出来ない、専制君主とは王が絶対の存在だからだ。個人次第でドラスティックな改革で結果を出すこともできるし、全てが崩れ去るまでがんじがらめになることもある。


 姿を見送ると宰相がくるりと振り向いて重臣らと目を合わせる。


「宰相閣下もお気の毒です。我等も協力致しますので」


「ふむ。王を補佐するのが務めだと心得ている。グラナトの本軍はどうか」


「占領政策を布告中です。マイカ市を防衛する為に、軍が前進しているようです。それでも精々三千しか集まっていません」


 レーム市のグルナ将軍には一万を預けてある、サフィールに召集している兵で第二陣を編制してい最中でそちらも一万人を予定していた。アンフル市で集めているミカ将軍の兵もまた一万。モジャウハラートの侵攻軍は全体で一万、これが覆されることはない。


「グルナ将軍に任せておけば問題なかろう。しかし、戦費がかさむな」


「いずれモジャウハラートから賠償金を奪うとしても、今期の資金繰りに支障は出そうです」


「あの悪女さえいなければマシなものだが……」


 それについては皆が無言であったが同感のようで、目で会話が出来るほどだった。王の寵愛が失われるような何かがあれば、即刻断罪して処刑しようと決めている。いまのところその様子はない、だからこそこうやって悩んでいた。


「閣下、注意すべきはオーニュクス宰相です。あの男、一筋縄ではいきません」


 多くの者が低く唸った。モジャウハラートが小国なのに、こうも存在感があるのは全てあのオーニュクスという男が原因だ。政治だけでなく、軍事も外交もその全てを掌握し、見事に成功させている逸材。そのうえ王に忠実な臣下で品行方正と、まさに非の打ち所がない人物。


 もしあの男が居なければ、とうの昔に国は滅亡していただろうとすら噂される。


「泥は全て私が被る。もしアレを暗殺出来るようなら誰でも良い、速やかに実行してもらいたい」


「ラーヴァに滞在しているとのこと。スフェール国内に居るならば或いは……」


 遠くモジャウハラートの王都マルモアに居られては手出しも出来なかったが、ここまで出張ってきているならばやってみる価値はある。


「軍勢など放っておいても構わんが、あいつだけは逃してはならん」


 会議をしているところに一人の文官がやって来て、重臣の一人に何かを耳打ちする。顔色を変えて宰相に歩み寄ると、今しがたの速報を伝えた。目を細めて内容を吟味する。


「詳細を掴む必要がある。事実であろうとなかろうと対処はすべきだがな」


 変わろうとしている何かを感じた、それが杞憂であれば良いと目を閉じて未来を想像する。



 レーム市から進軍してきあスフェール王国のレギオンと呼ばれる軍団兵が、マイカ市に陣取るヤーデの軍団を激しく攻め立てた。防御陣地に籠もる防衛部隊を攻撃するのには、通常三倍の兵力が必要だと言われるのは昔からの事。そして現在の戦力比は凡そ四倍。


「押せ! スフェールに居座る敵を追い出せ!」


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