第27話 いままでも、これからも
意味がない。
もう、なにもかもに意味がない。
神殿に来て、なにか情報が手に入るかもしれないと浮かれていた。
そうしたら、これ以上ない情報が手に入った。
自分は帰れないという、これまでの行動が無意味となる情報だ。
「チョーコ」
「……フォルトさん」
落ち着くまでと神殿長が貸してくれた部屋で椅子に座っていたら、フォルトが顔を出した。
彼は神殿長となにか話し込んでいたが……。
「悪かった」
「え?」
「……俺は、軽く考えていたんだ。神殿長なら……アメリア様なら協力してくれるかもしれない。そしたら、君の望みが叶えられるだろうと。……軽く、考えすぎていたんだ」
「……違うよ、フォルトさんは私があれこれ相談したから、だから……」
「君を連れてくるなら、俺は知っていなければいけなかったんだよ――異界から勇者を召喚するということの、意味を。……召喚には制約がある。元気に生きている人間を、無理矢理こちらの世界に連れてくることは出来ないんだ」
生命力に満ちあふれたものは、他者の魔力を通さない。
けれど生命の危機に瀕した者は、流れていく生命力を補填しようとして魔力を受け入れてしまう。そのままでは、死にゆく運命だから。
「……じゃあ、勇者はみんな……元の世界では、助かるはずもなかった人たち?」
「……ああ」
――勇者召喚がこれまでまかり通ってきたのは、召喚された者たちが元の世界で生命の危機に瀕していたから。その危険から〝救ってやった〟という大義名分があるからこその〝勇者〟だった。
救ってやったのだから、お前も我らに尽くせと、異界の者に自分たちの世界の尻拭いを押しつけることが出来たのだ。恥ずかしげもなく。
「チョーコ……申し訳ない……!」
「フォルトさん?」
「俺は、なにも分かっていなかった。わかった気になっていただけだ。さっき神殿長に説明されるまで、召喚がどういう原理なのかも気にしていなかった」
そうか。
ふたりでなにを話しているのかと思ったら、そんなことを話していたのか。
そんなことを、気にしていたのか。
きゅっと胸の辺りが痛くなる。
それを誤魔化して「気にしないで」と硫黄とした蝶子だが、フォルトはまだ言葉を続ける。
「専門外だからと、おざなりにして! 君に協力すると言っておいて、口先だけだったんだ……!」
だから、傷つけてしまった。
こんなにも酷い状況で真実を知ることになってしまった。
「申し訳ない。……いや、許されることではないと分かってる。こうして、謝るのだって、卑怯者のすることだ」
キラキラが今日は控えめだ。
まるでフォルトの心境を表しているようだと蝶子は目を細めた。
「……いいんだよ、フォルトさん――だって」
「よくない」
予想出来ないことだった。
仕方ないことだった。
そう続けようとしたのを、フォルトがピシャリと否定する。
「君の優しさに甘えていまうわけにはいかない。――だって俺は……心のどこかで思っていたんだ。帰ってほしくないって」
「…………?」
「だから、決定的なことを知りたくなくて無意識に避けていたんだ」
調べるべきことを放置し、結果最悪を招いた。
フォルトは本気で自分が悪いと思っているようで、蝶子は泣きたいんだか笑いたいんだか分からなくなって、結局唇を噛んだ。
「チョーコ……」
伸びてくる手は蝶子が避けないと分かると、おずおずと肩に触れる。
「……化け物だよ、私」
「違う」
「これまでも、これからも、普通にはどうしたって死ねない……気味の悪い化け物だよ」
「君は優しい女の子だ。……それなら、俺はどうだ? 卑怯で性格が悪い、最低最悪の神官だ。親切面して優しい女の子に近づいて、結局傷つけている、ゴミクズみたいな男だぞ」
ひくっと蝶子の喉が鳴る。
なにか言いたかったけれど、声を出したら情けなく震えそうだ。
けれど、言わなくてはいけない。
フォルトは優しいから、自分がなにも言わなければ気にしてしまう。
だから――。
「もう、一緒にいてくれなくてもいいよ」
「……――え」
「森には、ひとりで帰るから。……本当に、やることはなにもなくなっちゃったから……もう、そばには誰もいらないんだ」
「……チョーコ、それは」
笑え。
蝶子は自分自身に命令する。
ほら、笑え。
今、笑って見せろ。
そうすれば、フォルトを安心させられる。
「私、平気だから。フォルトさんがいなくても、平気――今までだってひとりだったし」
声は震えるな。
目は勝手に熱くなるな。
視界はぼやけるな。
「これからだって、ひとりがいい――勇者は誰も、いらないんだ」
結局、蝶子は逃げるようにそこから姿を消した。
一度行った場所には簡単に移動できる、転移魔法。
逃げ帰ってきた森の我が家は、やけにひっそりとしていて冷たく感じた。
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