第28話 忘れてはいけない
――勇者は誰もいらないんだ。
そんな一言を残し、消えてしまった蝶子。
残されたフォルトは、呆然と部屋の中に突っ立っているしかなかった。
ひとりでいい。
ひとりがいい。
誰もいらない。
積み重ねられた言葉を思い返しながら、フォルトは蝶子の肩に触れていた右手を握りしめる。
「なんだ、それは。……下手くそな嘘ついて……!」
あんなに泣きそうな顔で言われて信じるのは、よほどの馬鹿だ。
けれど、自分に追いかける資格があるのかどうか。
そばにいたい。
一緒にいたい。
そう思っていたのに、今はそれを言葉にする権利も実行する資格も、自分にはない気がして動けない。
「フォルト、チョーコ様は行ってしまったのですね」
「……神殿長」
「貴方はいいのですか?」
部屋に入ってきた神殿長に静かに問いかけられ、フォルトは押し黙った。
「先ほど、わたくしに言ったではないですか。これからも、チョーコ様のそばにいたいと。……それなのに、ここにいていいのですか?」
「……ですが、彼女がそれを望まなければ、俺は……」
「……忘れてしまいましたか、フォルト。貴方は最初、嫌々森へ向かったのですよ」
言われるまでもなく覚えている。
だが、なぜ急にそんなことを聞くのだとフォルトは首を傾げた。
「その時、チョーコ様は世話係を求めておりましたか?」
「いいえ……」
「それで、貴方は諦めましたか?」
「……いいえ」
「では、なぜ今、同じことが出来ないのですか?」
「それは――」
それは、彼女が特別だからだ。
言いかけた言葉を飲み込めば、神殿長は穏やかに微笑んだ。
「浮かんだ言葉が答えでしょう。……では、今度は諦めるのですか?」
「…………」
「ねぇ、フォルト。わたくしは、勇者としてのあの方しか存じませんでした。けれど、貴方といる時のチョーコ様は、可愛らしい少女でしたよ。……ですから、わたくしも後悔しました。……あぁ、神託をこんな形で伝えるべきではなかった、と」
「……なぜ、です?」
「心寄せる人に、自分は一度死んだなんて……聞かれたくないでしょう。チョーコ様自身が、なによりも己が勇者であることを気にしているんです。それだけ、勇者である事で傷ついてきたのに……」
「俺が、チョーコを拒絶すると?」
「いいえ。貴方は事実、チョーコ様を受け入れていた」
「だったら――」
「それを問うのは、わたくしにではないでしょう」
ぴしゃりと止められ、フォルトは口を噤む。
「忘れてはいけません、フォルト。チョーコ様は、貴方に心を開いたのです。貴方だけに――チョーコという少女の顔を見せたのです」
「……俺は……森に向かいます」
「そうしなさい」
神殿長は微笑んで見送り、フォルトは再び勇者の住まう森の館を目指した。
――そこから、フォルトの痕跡はぷつりと途切れたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます