第18話 不思議な気持ち
朝食の後片付けは、あの後すぐに終わった。
なんとなくドギマギするフォルトをよそに、蝶子がテキパキ動いてくれたからだ。
それからジャム作りに取りかかったのだが、その時またしても蝶子によって痛恨の一撃を食らった。
『フォルトさんって、なんでも知ってるね』
『そうか? まぁ、俺もこういうことは全部、神殿で知ったんだけどな』
『……そうなんだ……。私も神殿に行けば、色々教えてもらえたかな……?』
『! ああ、神殿は門戸を叩く者拒まずだから、今からでも大丈夫だ。なんなら、俺が色々教えてやるぞ』
『フォルトさんが? ……じゃあ、その時はフォルト先生だね』
――他愛ない会話だ。
蝶子が本気かどうかは分からないが、もしも本当にそうしたいならフォルトは助力を惜しまない。王の依頼とやらだって、神殿に入ってしまえば叛意などないと答えを示せる。
そんな風に思っていたら、最後の一言でやられた。
ほんの少しだけ照れくさそうな――錯覚ではない――蝶子の呟き。
ジャムが完成し、各々の自由時間を過ごす今になってもまだ、思い出す度に……。
(なんだ、あのかわいい生き物……!)
キュッキュッと窓を磨きながら、フォルトは一人悶えていた。
そもそも、蝶子という少女はとても素直だ。
(そうだよ。今まで嫌な思いをたくさんしただろうに……それなのに、俺が来てくれて毎日楽しいとか、ありがとうとか……! 純粋なんだよ、優しすぎるんだよ! だいたい、先生ってフォルト先生って、あぁぁぁっ! 言動がかわいすぎる! ――かわいすぎて、いいこすぎて……俺は自己嫌悪で埋まりたい気分だ……!)
孤高を気取った勇者様、なんてうがった見方をしていた自分が恥ずかしい。
蝶子を知れば知るほど、近付けば近付くほど、フォルトは全てが自分の思い込みだったことに気付き、反省するばかりだった。
確かに、目はいまいち生気に欠けているし、表情変化は乏しいが、よくよく観察すれば、少しだけ眉や口元が動いている。
蝶子から勇者について語られるたび、心臓を捕まれたような痛みを覚える。
最初は、なにを話すにも傷ついていないかのように語っていた。
でも、今朝吐露された本心は――傷ついていた。それでも、自分ではなく相手が悪いと切り捨てず、自分が悪かったのではと悩んでいる。
優しいが、不器用で……どこか危うい。
そんな彼女を、フォルトは今、放っておけないと思っている。
あれほど面倒だと思っていた勇者の世話を、自ら望んでいるのだ。
(叛意なんてあるわけないだろ)
ここ半月、そばにいた身として、蝶子にそんな意志がないことは明らか。
それならば、ジャム作りの最中に言っていたように、神殿へ連れて行こう。
神殿長に話を通せば、層難しいことでもないはずだ。
(そうすれば、監視任務が終了しても、チョーコをひとりにしなくてすむ)
もちろん、全ては蝶子が望んでくれるなら、という前提であり――今はまだフォルト個人の望みでしかないことだ。
だが、少しずつ口数が増えてきた蝶子と、ここで別れたくない。
ようやくこの世界の人間に対して、心を開きはじめたであろう彼女のそばにいたいと思った。
――はじめは、しょうがないという義務感で。
次は、同情で。
次第に罪悪感がわいてきて。
それなら、今はなんだろうか。
この、放っておけない、ひとりにしたくないという気持ちは、一体どんな感情から誘発されているのだろう。
分からないけれど。
(そばにいたいんだ、チョーコ)
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