第5話 勇者と神官の攻防

 

「勇者殿、朝ですよ!」


 二階に向かって、フォルトは朝から声を張り上げる。


「……クソ、これでもダメか……。勇者殿!! 朝!! です!! よ!!」


 起こしに行くのが手っ取り早いことは百も承知だが、フォルトはここに来て、まだ二日目。

 さすがに、拒否されていた二階にずかずか上がりこんだりしたら、あの短剣で首を切られかねないから、あえてこうしているのだ。


 フォルトだって、本当なら朝から馬鹿みたいに大声を出したくない。

 静かに食卓につき、感謝の祈りを捧げ、速やかに空腹を満たしたいのだが、この家の主が二階から下りてこないのだから困る。


(いつまで寝てやがる、このぐーたら引きこもり! さっさと起きねーと、たたき起こすぞ!)


 なんて心のままに言えればいいのだが、生憎相手は元勇者。

 フォルトはそこまで命知らずではない。

 だから、あくまでも口調だけは丁寧に、だがしっかりと届くよう叫び続けていたのだが、二階からは物音一つしない。


「……はぁ~、まったく。引きこもりな挙げ句に寝汚いのかよ! どうなってんだ、勇者ってのは……!」


 とうとうため息が出てしまう。

 もう、起きてこない元勇者など放っておいて、一人で食べてしまおうかとフォルトが二階を睨み付けていると、背後から声をかけられた。


「……あれ? まだここにいたんですか……?」

「あぁん?」


 振り返れば、黒髪に沈んだ目のちっぽけな娘。

 今日も生気を感じられない表情で、家の入り口に立っていた。


「……お、お出かけでしたか、勇者殿」


 柄の悪さ全開で振り向いてしまったフォルトは、慌てて笑みを浮かべ取り繕った。


「散歩です」


 愛想もなにない声で答えると、勇者はフォルトの方へと近付いてきた。

 短剣を突きつけられたのは昨日のこと。

 思わず身構えたフォルトだったが、彼女は横を素通りし階段をのぼり始める。


「え? ちょ、えぇ?」


 あまりの無関心さに動揺したフォルトの口からは、意味のない音だけがこぼれた。

 だが、このまま行かせてしまうわけにはいかない。


「――勇者殿! 朝食は!」


 階段を完全にのぼり切ってしまう前に、フォルトはなんとかそれだけ叫んだ。

 昨日よりもさらに高い位置から、視線が注がれる。


「私はいりません」


 それは昨日と全く同じ。違うのは立ち位置くらいのもので……表情にも、声にも、なんの感情も込められていない、平坦なだけの答えだ。


 ぐっとフォルトは拳を握る。 

 けれども、顔だけはなんとか愛想笑いを保った。

 足音がしない少女は、それ以上話すことはないという風に背を向ける。

 ――が。


「勇者殿! でしたら昼食はどうなさいますか!」

「私はいりません」


 あぁ、そうか。

 予想通りの答えだと、フォルトは心の中で吐き捨てた。


「でしたら夕食は?」

「……は?」

「明日の朝食は、いかがしますか?」

「…………あの」


 足を止め、振り返った少女。

 その目が、少しだけ大きく開かれているように見えた。

 わずかでも動揺を誘えたことで、溜飲を下げたフォルトは笑みを浮かべたまま続ける。


「私は、貴方の世話を言いつかっております。見たところ、この家には満足な食料もない様子。ですので、昨日と今日の朝は、僭越ですが私が持参した食材を使いました。よろしければ勇者殿にも食べていただきたいと思ったのですが……」


 言葉を選んではいるが、率直に言えば「お前の家にろくなもんがないから、自分が自腹を切ってやったんだ。食べ物を無駄にするな罰当たり」だ。


 嫌味が伝われば、なにかしら反応があるだろうと思っていたフォルトだったが、相手は無表情のまま、首を横に振った。


「私はいりません」

「――はぁ?」


 ここまで言っても、まだ伝わらない。

 これはもう、分かりやすい言葉を選ばなければ駄目かとフォルトは目を細めた。

 だが、勇者は意外にもさらに話し続けた。


「というか、貴方はいつまでここにいるんですか?」


 ――さも迷惑そうに。

 少なくとも、フォルトにはそう見える表情だった。


(こ、こっちが下手に出てれば……!)


 そんな相手に対して、フォルトの中でブチッとなにかが切れた。

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