第6話 神官は怒り勇者は飛び出す
普段は取り繕っている外向きの態度を明後日の方へぶん投げたフォルトは、怒気を込めた言葉を吐き出す。
「……いい加減にしろよ、このわがまま勇者……!」
ぱちぱちぱち。
不思議な物を見るように、相手は二、三度瞬きをした。
その、取るに足らないという態度も、今のフォルトには腹立たしく感じる。
「世の中にはな、食べたくても食べられない奴がいるんだよ! 今日の食い物にも困っている子供が、沢山いる……! それなのに、お前はなんなんだ? いらない、いらない、いらない。勇者様がどんなに大層な身分か知らないけどな、そんなに言うなら、物を食うのなんて止めてしまえ!」
怒りのまま一気にまくし立ててから、フォルトにどっと後悔が押し寄せた。
(……まずい。好き勝手に言い過ぎた……!)
勇者が、一歩……二歩と階段を下りてくる。
(物音一つ立てないとか……いちいち怖いんだよ!)
どうする、逃げるか? と、フォルトは頭の中で自分の次の行動を考える。
しかし、自分は間違ったことは言っていない……――多少は言い過ぎたかもしれないけれど――と思っているため、逃げることも癪に障った。
「…………」
近付いてきた勇者は、階段を三段残して足を止めた。
(……どれだけ人を見下ろすのが好きなんだよ、この勇者様)
人を見下ろせる絶妙な位置から、あの薄気味悪い目を向ける勇者。
なにを言われるのかとフォルトが身構えていると……。
「そうだよ。私は勇者だもの」
「……は?」
淡々と、勇者は分かりきっている事実を口にした。
呆気にとられるフォルトの反応など無視して、勇者は続ける。
「私は勇者だから、いらないの」
「はぁ?」
「女神の加護があるから、いらないの」
「……なんですか、それは? ……神官である私が言うのも何ですが……信仰心で腹はふくれませんよ」
「そんなもの、私は持ち合わせていません」
女神から加護をもらっておいて、なんて勇者だ。
一年前の謁見の時も思ったが、この勇者は王に対しても女神に対しても、敬意というものが一切見られない。
礼儀知らずにしても、神官を前にして「信仰心は皆無です」とは、無神経だ。
不快さを感じたフォルトは眉をひそめた。
「……あぁ、そうですか。勇者殿は異世界からのお客人でしたからね、女神の偉大さは理解が難しいかもしれませんね」
「…………」
暗い目が向けられる。
若干の険しさが加わっているのは、気のせいではないだろう。
勇者は、僅かだが苛立っている。
今まで足音一つ響かせなかった勇者が、初めてつま先でとんとんと板を叩き、音を立てたのだから。
「…………出て行って」
乾いた声がそう告げた時、勝ったとフォルトは思った。
この不気味な勇者から、初めて明確な反応を引き出せたのだから。
「それは出来かねます勇者殿。私は、神殿長の命により、ここに来たのですから」
「それなら、私が出て行く」
「――は?」
これで自分優位で事を運べる。
そう思っていたフォルトだが、勇者はフォルトの拒否を聞くや否や素早く外へ飛び出していった。
「……なんだ、あれ」
予想外の展開に、フォルトの反応も鈍くなる。
きちんと閉めていかなかったのだろう。
きぃきぃと揺れている扉を見つめ、思わずある言葉が口をついて出た。
「ガキか」
そう呆れ口調で呟いてから、フォルトはもったいないので朝食を食べることにした。
腹が減ったら帰ってくるだろうなんて、そんな風に考えて……ふと、食べる手が止まる。
(そう言えば……、あいつ、いくつだ?)
勝ったなどと浮かれていたが、相手は年下にしか見えない少女だ。
それを言い負かしたと喜んでいた自分は、かなり恥ずかしい男ではないかと気が付く。
(いや、でも、あいつが悪いし……)
本当にそうだろうか?
あの淀んだ目をした勇者は、一体自分に何を伝えようとしていたのだろうか?
なんとなく気になってしまい、フォルトは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
――テーブルには、二人分の朝食がまだ湯気を立てている。
「あぁ、もう面倒くさい……!」
フォルトは苛立ったように吐き捨てると立ち上がった。
「なんでこうも手がかかるんだか……!」
その足は、家の外へと向かっていた。
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