第9話 神様、赤子を拾う
田畑しかなかった、昔々。
ある神社の御祭神カシワギ(人と深く関わっていかないといけない神には本名がある)は絵に描いたようなくそまじめな神。
近くの神社の御祭神(仮にタチバナと呼ぶ)はそんなカシワギとは正反対の色町が好きな遊び好きな神だったが、二人はとても仲が良かった。
カシワギは人になりすまして、神主としても働いていた。忙しいので、替わりにお使いさんたちがテキパキと仕事をこなしていた。
ある時、カシワギが布に包まれたものを抱いて帰ってきた。お使いさんたちがなんだろうと見ていると、布がむにゅむにゅ動くではないか。
「オギャーッ」
なんと、布の中には女の子の赤ちゃんがいた。
「ど、どうしたんですか、この子」
「拾ってきた」
「はあ? なんでまた?」
「んー、なんとなく」
「ちょっと待ってください。おもちゃじゃないんですから。」
「ここで育てようと思う。」
「いえいえ、そんな! 赤ちゃんなんてどうしたらいいか皆わからないですし」
お使いさんたちが、慌てふためいている間に、カシワギはさっさと赤ちゃんを連れて中に入ってしまった。
さあ、それからが大変。
とにかく泣く。夜も泣く。
カシワギは仕事があるから置いて行ってしまうので、面倒を見るのはお使いさんたちだが、どうしたらいいかわからず、あたふたするばかり。
そこへ、タチバナがやってきて、
「ん?この子はどうした?」と驚く。
「オムツが濡れとるから泣いているのだ」とそれからは折に触れこの子の世話を一緒にしていた。
オムツの次は今度はお乳。
カシワギが人になりすましてお乳を分けてもらいに行くこともあった。
牛の乳、山羊の乳も飲ませた。
だが、冷たいまま飲ませて、ゲップもさせないから吐くわ、下痢するわ。またまたお使いさんたちは大慌てをして、カシワギにやり方を聞きながら、ようやく離乳食を食べるまで育った。
しかし、これまた、いきなり味噌汁を飲ませたものだから、ゲホゲホ吐いてしまう。
てんやわんやしながら、お乳をもらった女性に聞いたり、お使いさんたちが家々を見て回って、子供の食事を作って育てた。
おたふくにかかった時などは、
「頬がぷんぷくにはれておりまするー」とそれはもう大騒ぎ。
それでも、無事に大きくなっていった。乳兄弟の男の子とは幼なじみとなり、よく遊びに行った。
拾われた女の子は巫(かんなぎ)と書いてカンナと名付けられた。将来巫女になると運命づけられていたからだ。
頭が良くて美しい娘になったが、見た目は変わらず小さな女の子だった。しかし、大人びていて、教えられていないこともできてしまうのだった。
10才の頃、実の親のことを聞かされ、カシワギが本当の親ではないこと、普通の人でもないことが分かっていた。歳はたいそう離れていたが、カンナはカシワギのことが好きだった。
カンナのために力を使い過ぎてしまって小さく縮んでしまったそんな姿を見て恋をしたのだろう。その気持ちを伝えたこともあるのだが、カシワギは冗談と流し、あくまでも親子として接した。
神無月には、出雲の会議に連れて行ってもらったこともある。あれこれ着込んで、腕輪や首飾りなど飾りをたくさんつけて、人の匂いを封じて行った。
常からカシワギは何かあったら、わしかタチバナに頼れ。絡まれたら逃げるんだぞと言い含めていた。カンナのことは孫だと言って紹介していたが、「代替わりか?」「引退か?」と聞かれていた。
9歳の時、カンナは巫女の修行がしたいと言い出した。本来4〜5歳で始めるものなのだが、口寄せできる者はさらに早めに始める。これは神が決める。
カンナはたいそう覚えがよくて10歳で全ての修行を終えた。
修行中のカンナとはもちろん会えないが文は交わしていた。それでも
カシワギは「寂しいな〜寂しいな〜」といつも言っていた。
カンナと幼なじみの男の子もカンナのことが好きだったので、二人でよく縁側に座っては「寂しいな〜 さ〜みし〜いな〜」と呟いていたものだった。
修行があけて帰ってきた時のカシワギの喜びようと言ったら!
修行あけの祝いの宴会ではすっかり飲み過ぎて沈没するほどだった。
御祭神の仕事で、人の意見を聞きたいこともある。それをカンナが人としてはこう思うなど意見を言っていた。
ある時、飢饉があった。土地が痩せてきて、作物が取れなくなり、悪い物がきた。
カンナの巫女舞や、カシワギの力で抑えていたが、ついに抑えきれないほどのものがきた。
とうとうカシワギが倒れてしまった。瀕死のカシワギにカンナは
「お願い!死なないで! まだまだお仕事があるでしょう。私は神主にはなれない‘’人‘’ですから、あなたがいなくなったらこの神社はどうすればいいんです?」と泣きながら言った。
カシワギは苦しい息の下で、
「向こうの食べ物を食べると神になれると聞いたことはないか? お前はちょこちょこ向こうの物を口にしておる。生き神になっているのだよ。
災害の時、お前が死んだ両親のそばで「生きたい」と泣いたので拾ってきたのだが衰弱していて神の食べ物を与えるしかなかった。それで持ち直したのだがそのためにお前は生き神になった。それでも人として暮らせるよう色々な物を着けさせて、その力を抑えていたのはわしだ。
しかし結局、人として手に入れるはずのものを全て奪ってしまったなあ。すまない。後を頼むよ」と言うと、美しい光になって消えてしまった。
しばらくはタチバナが来て手伝ってくれた。
カンナは神様の影響が強すぎて体がミシミシいうようになり、その力に体が耐えられなくなってきた。タチバナに助けを求めたが、タチバナにもその力をどうすることもできず、カンナは20歳で、タチバナもまた死んでしまった。
実はタチバナは、カシワギとカンナのことを見ていて、自分も娘が欲しいと思い、カンナと同い年の自分の分身の娘を作っていた。代替わりになると薄々分かっていたのだろう。
その娘とカンナはカシワギとタチバナのように仲良しで、カンナが体を脱いだ今も一緒に助け合いながら御祭神として仕事をしている。
幼なじみの男の子は宮司になったが、カンナに思いは届かず、一生独身であった。
そしてカンナは、カシワギと過ごした暖かい記憶を心の糧に、人の幸せと笑顔を守りたいと御祭神の仕事を励んでいる。
二度と会えない人を思いながら。
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