第6話 犬神

犬神とはどんな神だと思っている?

何からできているか知っておるか?


大きな犬の姿をしておる。我らは三人で一体。

人の負の念から生まれた。


昔々、盗賊、野盗を取り締まる者も少なかった頃に、山の中の街道にはたくさんの野盗がおり、金目のものをとるだけではなく殺してしまったりすることも多かった。父親に会いに行くために通りかかったがために殺されてしまった者、子供を殺されそうになって庇って死んでいった母親、行き倒れ、などなどの人の無念や恨み、悲しみの思いから生まれたのが犬神である。


しかしながら、こんな悲しいことがなくなるよう守ろうという気持ちがあったために魔物にはならずにおる。

道中を守る番犬として我らが働いたので、「あそこには大きな犬の魔物がいる」と噂になり、滋賀の一部の道は野盗が少なくなった。盗賊が少なくなったと、小さな社をもらった。それがだんだんに大きくなっていった。

今、交通安全祈願などされるようになっておるのは嬉しいことだ。


ただ、我らは狐と違って、祈りの内容をちょっと待てと立ち止まって考えたりはしない。頼まれたことは考えずに問答無用でやる。犬が扱いを間違えると噛むのと同じだ。今でも呪いはある。が、誤った頼みごとをしてはならぬ。


人々を見守ってきた中で思うのは、昔は明日の食べ物にも困り、本当に生活がなりたたず神頼みをすることが多かった。野盗とて住む所がなかったり身寄りがないなど生活に困った挙句になった者も多い。皆生きるのに必死だった時代があったということだ。


どうしようもない理由から野盗する者は見逃しておった。ただ人殺しをせぬよう、特に子連れの者が被害に遭わぬよう見守っていたが、野盗にはこの姿を見せて脅かし、やっつけておった。暗くなってから、ワオーンと吠えて姿を見せると、恐れ慄いて小便をもらしながらおなごのように「きゃー」と悲鳴をあげて逃げていった者もおったな。自分は人を殺すのに、自分が殺される覚悟はないのかのう、情けない奴だった。

かと思えば、野盗ながらあっぱれな格好良い奴もおったな。仲間の皆を逃して、皆のために自分の命を投げ出して一人で戦った。今時は、皆自分だけは助かろうとするであろう?そいつは違ったのよ。その気概に心打たれ、そいつは許してやったということもあったな。


我らが嫌いなのは、騙す奴だな。僧のふりをして物乞いをする奴だとか、詐欺を働く者は許さん。


呪い返しで跳ね返されたことはあるが、懲らしめることはあっても懲らしめられたことはないな。


神も自分の判断で動く。だから間違うこともある。そのために出雲ではかるのだ。そおよ、我らも出雲には行くぞ。全ての神が報告をせねばならぬのでな。


犬神を祀る神社は少ない。一度調べてみるがよい。

万が一、我らを呼ぶことができたなら、姿を見ることもできるだろう。呼ぶことができたらば、だがな。

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