第92話 『不殺の迷宮』初踏破

 外に出ると、時間は昼を少し回ったくらい。

 天光の光がかなり眩しく感じる。


 そして、とんでもない数の冒険者達が待ち構えていた。

 大歓声と拍手、次々と掛けられる賛辞で頭がクラクラするくらいだ。

 記章を門番に見せ、踏破証明札を貰った時にやっと現実味が出て来た。


『不殺の迷宮・初踏破』


 そっか、こういうのも悪くないな。


「凄かったぜ! 毎日、毎日、あんなに早く下まで降りて行った冒険者は初めてだ!」

「最下層に着いた時にゃ、ここの連中みんな大盛り上がりだったんだぜ!」

「あんたのひとり勝ちだ! さぁ、掛け金全部持ってけ!」


 興奮気味に次から次へ話しかけられ、全部聞き取ることなどできない。

 賭けの勝ち分を受け取り、手荒な祝福を受け、俺は群衆の真ん中へと連れ出された。


「その後、上に行ったり下に行ったりしてたのは、探掘してたんだろ? 何があった?」

「核は? 核はなんだった? 取ったんだろ?」


 質問には後でまとめて答えたい所だが、この迷宮がどうなるかは全員が知りたいところだろう。


「最奥にあった核は……」

 俺がそう言うと、あれほど煩かった奴等がぴたっと動きを止めいきなり静かになった。


「核は……持ち出していない」


 おおおおーっ!


 喜びなのか、落胆なのか。

 門番がどうしてだ、と詰め寄ってくる。


「最奥に、魔獰犀まどうせいの三倍くらいある馬鹿でかい魔獣がいて、核の真上でずっと動かないんだよ。殺す訳には、いかないからな」

「そ、そんなデカイ魔獣なんて……」

「そいつの鱗だ」


 そう言って、魔竜の鱗を二枚ほど見せる。

 どよめきが大きくなり、あんな大きさの鱗が生えてる魔獣ってなんだよ、などと驚愕の声が上がる。


「それに、この迷宮はかなり広い。俺ひとりじゃ、全部の階層の魔具は取れなかった。沈めてしまうのは……惜しいだろ?」


 今度は明らかな歓喜。

 俺が見せた、いくつかの煌めく魔具と貴石が彼等の目に触れて、更に大きな声が上がる。


「すげぇ……! あんな大きな貴石のついた魔具まであるのか」

「装具も武器も、まだ沢山残っているってことか?」

「確かに、ひとりじゃ持ち出せねぇよな! 残りは俺達で回収してやるぜ!」


 まぁ、頑張ってくれ。

 喧噪の中、俺はちょっとだけいい気分で方陣門を起動し、町へと戻った。




 冒険者組合は、更に大騒ぎだった。

 なんだろう、周りが騒げば騒ぐほど冷静になっていくというか、置いてきぼり感が出てくるというか……


 入口から受付窓口までの間に衛兵がずらりと脇を固め、道ができあがっている。

 デルクがニヤニヤとしているので、あいつの采配なのだろう。


「記章と証明札だ」

「はい、確かに。初踏破、おめでとうございます! しかも単独踏破とは、歴史的快挙ですよ、ガイエスくんっ!」


 耳をつんざくような大歓声が上がる。

 冒険者組合事務所内の誰もが、興奮状態なのだろうか。


「踏破徽章です。それと『名付き』初踏破の栄誉章がこちら。そして、お約束の報酬」

『栄誉章』とやらは、冒険者組合の印章である『咆哮する大獅子』が象られた金細工の勲章だ。

 裏には、俺と踏破した迷宮の二つ名が記されている。

『緑炎の魔剣士、不殺の迷宮を単独にて制す』と。


 渡された報酬が……思っていたより多くて吃驚した。

 そして採掘品の認定などが規定通り行われ、俺が出した魔具にその場にいる全ての連中が爛々と目を輝かせる。


「いくつか売るつもりだが、決めるのは明日以降でいいか?」

「勿論ですよ! いやぁ、楽しみですね! どれもこれも、最高級品ばかりだ!」

「あの迷宮には、まだまだ沢山の魔具が埋まっているよ。俺ひとりが持ってくるのは申し訳なくて置いてきた」


 冒険者共の高揚感が伝わってくる。

 ひとりでも踏破者が出れば、自分達だってできるはずと思うのは当然だからな。


「核は、見ていないのかい?」

 組合長は興味深そうに、探るような視線を向ける。

「門番達にも言ったが……この鱗で判るとおり、やたら大きな魔獣が居座っていてなかなかどいてくれなくってな。魔法でも威嚇でも、ピクリとも動かないんで諦めた。次の奴が頑張るだろ」

「す、凄い鱗だな……うむ、確かにかなりの大物だが……一体どんな魔獣だったんだい?」

「さあ? なにせずっと丸まって寝ているみたいでな。ああ、でもやたらと鋭い爪と牙があった」

 魔竜……といっても信じないだろうし、なんだか秘密にしておきたかった。


 魔具の認定が終わった後、全てを返却してもらったので宿に帰ろうとしたが少しこちらで聞きたいことが……と、組合長に奥へと案内された。

 初踏破者に中の様子を聞き、迷宮入場資格を再考するらしい。


「まず……本当に一匹も殺していないんだね?」

「ああ」

「魔虫も?」

「勿論」


「では……何かあの中で、必要なものがあるとか?」

「特別なものは、要らないんじゃないのか? 他の迷宮と同じだ。むしろ武器とか要らないものの方が多そうだが」

「必要なのは胆力……精神力か」

「そうだな。それと、強欲な奴には、無理だろう」


「中にいた魔獣を教えてくれるかい?」

「思いつく限り全部いたな。魔虫まちゅう魔鼠まそ魔猿まえん魔猩ましょう魔賤鳥ませんちょう魔梟まきょう魔黒猩まこくしょう魔虎まこ魔熊まゆう魔獰犀まどうせい魔鵠まくぐい魔柄長鳥まえながどり魔灰烏まかいう魔茸蟻まじょうぎもいたし、魔虺まかいもいた」


 他にも名前を知らない奴が、沢山いたんだよな。

「そ、それらが全部……襲ってこないのか?」

「俺には、全く襲って来なかったぞ。今までどうして踏破者がいないのか、不思議なくらいだ」


「君は本当に、剛胆なんだな。私にはとてもじゃないが、信じられないよ」

「そんなことはない。魔柄長鳥に跡を付けられた時なんて、結構怖かったからなぁ」

「跡を……付けてくるのかっ? 魔獣や、魔鳥がっ?」

「ああ、結構付いてくる。あれは……どの階層でも、いい気分じゃなかったな」


 組合長も聞いていた他の組合員も、顔がどんどん青ざめてくる。

 そりゃそうだよな。

 魔獣に付いてこられるなんて、虎視眈々と背後から狙われている……ってことにしか感じないもんな。


「ガイエスくんは、なんとも強靱な精神力を持っているのだな……なるほど、そういうことに耐えきれなくなって、多くの者達は錯乱してしまうのか……」

「そうかもなぁ。もの凄く数が多いからな、どの魔獣も。魔鵠まくぐいの大群は、かなり迫力があったな」

「大群……」

「ああ、足の踏み場もないくらいに、ひしめいている階層もあった。踏まないように歩くのが大変だったな」


 組合長達は、想像だけで恐怖に震えている。

 まぁ、怖いよな、うん。


「そ、それで、君が今回採取してきた魔具はどの階層辺りのものなんだい?」

「あちこちから少しずつ、だな。だから、まだどの階層にも結構残っていると思うぞ。入っていない小部屋も沢山あるし」

「そんなに分岐が、いくつもできているのか?」

「分岐は多い。行き止まりも沢山ある。大きな縦穴は足を滑らせて落ちたら確実に死ぬから、魔獣を落としたりしたら……多分、襲われるだろうな」


 それで、襲われちゃった奴もいそうだ。

 そういえば、俺より先に入っていた奴等はどうしたんだろう?


「君の前に入っていた三組と、君の後に入った連中はみんな五階層までも行けずに戻ってきたよ。ひとつふたつの魔具は取れたみたいだけど」

「それじゃ入場料にもならないだろうな」


「たいした魔具じゃないからね、浅い所のものは。君が持ってきた一番浅い所のものは何階層だい?」

「あー……確か、四十三階層だ。それより上は小さい魔獣の数が多くて厄介そうだったから、ちゃんと見なかった。あと、掘り返すのが面倒そうな階層や、小部屋も全部すっ飛ばしたから、それより下の階層でもまだ魔具はかなりあると思う」


「一番下にあったものは?」

「最終階層には、核以外なかったから何も。そのひとつ上の五十六階層ではいくつか」

「売ってもらえる物が、何階層のものか判るとありがたいんだか……」

「解った。だいたい覚えているから、売る物には注釈を付けておくよ」


 その後もいろいろ聞き取りやら何やらで、冒険者組合事務所を出たのは夕食少し前だった。

 俺が通った道筋は……教えていない。


 最後に『情報料』とやらで、更に金をもらえた。

 変なところでキッチリしている。

 ……スゲェ高額だったんだが……道筋教えていたら、もっと出たのかな?


 そして踏破徽章を持っている俺は、その徽章の迷宮であればいつでも無料で入っていいらしい。

 育成中のところが育ったらまた行ってみても……って言っても、何十年後になるやら。

『不殺』も方陣門ですぐに魔竜のところに行けるから、わざわざ入場手続きしない気がする……

 そういえば、休憩に使った最奥の部屋に仕切りの覆いをかけたままだ。

 まあ、そのままでも問題はないか。


 あー、腹減ったなぁ。


 そして、やっと柔らかい寝床でゆっくりできる、と俺は足早に宿へと戻った。

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