第91話 『不殺の迷宮』から未知の通路へ
さて、核も取り出せないことが解ったし、探掘ももういい。
魔竜はご機嫌のまま、今まで寝そべっていた場所に戻って動かない。
『不殺の迷宮』に入って十二日目だが、もうそろそろ戻ってもいいかな。
魔具は持っていた袋全部にいっぱいいっぱいだし、どうせこの迷宮は閉じない。
次に入ってくる奴等に、面倒な場所は任せてしまおう。
来たければ、いつでも方陣門で来られるしな。
たまに
俺の顔よりデカイ……なんか、堅い……鱗?
あ、魔竜の生え替わった鱗か!
見ると何枚も落ちているので、これなら貰っていってもいいだろうと五、六枚収納した。
その下の方には、かなり小さい物もたくさん埋まっているみたいだ。
鱗が剥がれる度に、律儀にここにまとめていたのだろうか。
こいつはもしかしたら外から入ってきた時はもっと小さくて、ここで育ったのかも知れない。
育ち過ぎて出られなくなっているのか、出たくなくて居座っているのかは解らないが。
ふと、風を感じた。
迷宮の最奥で、どうして風が吹いているんだろう?
その方向に目を向けると、隙間がある。
人がやっとすり抜けられるくらいの、その先に……風が。
もしかして、まだ『先』があるのか?
この迷宮、もうひとつ他の迷宮を巻き込んでいるのかもしれない!
いや、新しい迷宮ができている途中……か?
それとも、別の遺跡に続いているとか?
そう思いつつ、隙間の先に採光で明かりを灯す。
特に魔獣も魔虫の気配も、毒物反応もない。
魔力溜まりも……視えない。
どうやら、まだこの『迷宮』は終わらないみたいだ。
ずっと、ただ緩やかな上り坂の細い道が続いている。
もし迷宮ができかけているのだとしたら、『新しい迷宮を奥から歩く』なんて、誰もやったことないだろうな。
回廊状になっていて高さはあるが、幅はあまりない。
中型の
まだ分岐も横道も全然ないから、本当に最近掘られているものなんだろう。
時折小型の魔獣の姿はあるが、俺が壁際に寄って道をあけるとすり抜けていく。
だが……どうもこの回廊も魔獣達も、全く『不殺』とは様相が違う。
ここはもう『不殺』ではないのかもしれない。
そう思うと、途端に緊張が身体中を駆け巡る。
ここに出るのは『俺を殺しに来る』魔獣かもしれない。
だが『浄化門の方陣』のおかげだろう、全く興味を示さずにすれ違っていく。
上へ、上へと緩やかに続いていく一本道を歩き続け、日数計を見た時に半日ほど経っていたのを確認した辺りで初めて横に逸れる分岐を見つけた。
覗いて見ると少し奥に、広めの空間がありそうだ。
近付いて行くにしたがって、嫌な匂いが鼻につくようになった。
その道の脇にどうやら小部屋がある。
明るくしたその小部屋で見つけたものは、何かの死体に産み付けられた大量の卵だった。
思わず口を塞ぐ。
今まで見たこともないような、腐敗した苗床はあの毒蛇の沼地を思い出させる汚泥のようだ。
魔虫……とも少し違うみたいだが、近付きたくはない。
本当なら、今すぐにでも焼いてしまった方がいい。
だが、もしここがまだ『不殺』なら、それは……自殺行為だ。
この小部屋の入口を塞いでしまおう。
そうすれば、孵ってもどこにも出られなくなるかもしれない。
更に『浄化門の方陣』を書いておけば、他の魔獣がやってきてここを崩してしまうこともあるまい。
奥へと道はまだ続いているが、この道自体も塞いで『不殺』と分けてしまった方がいいと思った。
魔法と技能を使って細いその横道への入口を完全に埋め、強化の方陣で崩れないようにしておく。
俺は元の道に戻り、更に上へと歩いて行く。
いくらも歩かないうちに、外気のような風を感じるようになった。
もう、魔獣も魔虫も全然出てこない。
俺は走りだした。
そして……『外』に出てしまった。
疎らに木の茂る森の中、目の前に見える連山はアーサスのビエト山脈か?
え?
コーエト大河は?
キョロキョロと見回し山脈を背にすると、大河の水面が見えた。
ち、近い。
俺の身の丈くらいの高さから、大河を見下ろしている感じだ。
更に近付くと、大きな川幅の反対岸には全く山など見えない。
『川』と言っていいのかと思うくらい広い、その川幅の向こう岸。
今、俺が大河越しに見ているのは……ストレステなのか?
向かい合う川岸は、高い高い崖となっている。
ストレステ側には……大河沿いに山はなかった。
その崖の上の方は、薄く靄が掛かっていてよく判らないが……やっぱり山はなさそうだ。
「まさか……大河の下を通り抜けた? ここ、アーサス……なのか?」
俺が通ってきた回廊は、ここが入口の『迷宮』になるのか?
アーサス教国は、迷宮の管理などしていない。
できた迷宮は、冒険者が見つけない限り放りっぱなしだ。
しかも、こんな、人が全く寄りつかないコーエト大河脇の森の中では、絶対に誰ひとり入らずとんでもない大迷宮になる。
おそらく、この迷宮の『核』は『不殺の迷宮』の最奥の大石板だ。
絶対に閉じることのない迷宮がもうひとつ、できてしまう。
この迷宮にアーサス側から魔獣が入り込んできて……あの『不殺』に入ってきたら……
あの魔竜や不殺にいる魔獣達に、攻撃する奴も出てくるはず。
そうなったら、絶対にあの迷宮にいる魔獣達は一斉に襲いかかり、アーサス側へと傾れ込むだろう。
魔竜は……天井を突き破って、表に出てしまうかもしれない。
あの魔竜が、飛べるのかどうかは解らないけど。
『不殺』の魔獣達を、表に出してはいけない気がする。
いや、この回廊にすら、入れてはならないのではないだろうか。
あそこを出てしまったことで『普通の魔獣』に戻ってしまう可能性だって、ないとは言えない。
そうなったら……あの魔獣の大群が、地上に溢れたら……
たぶん、止められるのは『神』だけだろう。
俺は直感のまま、出口を塞ぎ『浄化門の方陣』を外側と方陣門で戻った内側に施す。
回廊を急ぎ足で戻りながら、所々で道をふさいで同じように『浄化門の方陣』を書く。
そして最後に『不殺』の最奥、魔竜の部屋でその隙間を埋める。
いつまでもつかは解らない。
もしかしたら、すぐにでも壊されてしまうかもしれない。
でも、こうしておかないといけない……そんな衝動があった。
いけね、無造作に魔力を使い過ぎたみたいだ。
通信石に魔力を通して生存確認だけはしておき、俺は休憩室で休むことにした。
二、三枚の焼き菓子だけ食べて、少し眠ろう。
疲れた……
起きた時、日数計を見たら最後に確認した時から丸一日経っていた。
腹が減った……
食事の支度をした俺は入口の覆いをそっとどけてみるが、魔竜は来ていなかった。
ゆっくりと、鶏肉の香草焼きと根菜の和え物を食べて一息つく。
焼き菓子はココアの味がする。
やっと、落ち着いた。
さて……今度こそ、上に戻ろうかな。
最後に魔竜に一言、またそのうちにな、と声をかけたが、振り向くことはなかった。
終わった。
俺がどうしても来たかったこの迷宮の全てを、終えてしまった。
次……は、どうしよう……
毒霧の迷宮に行くか?
だが、この不殺の迷宮の時ほど心躍る気分ではなくなっている。
前室へと戻った俺は、出口の扉を開く。
俺の、ストレステでの俺の『冒険』は、終わったのだ。
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