第90話 『不殺の迷宮』-4

最終階層の様子を見つつ、各階の探掘をして早七日。

壁の周りを全部見たが、やはり記章扉などはない。

ただ……一部分だけだが、やたらと大きい岩を積み上げたように見える場所があった。

何かの建物でも崩落した跡なんだろうか?

ここら辺は古代の王国があったところだから、そういう遺跡の跡なのかもしれない。


魔竜はピクリとも動かず『核』の上に居座ったまま。

そして俺はというと……魔獣達がそっと見守る中、探掘をしている。


各階層のとば口から探知の方陣で魔力の大きさを見ても、魔獣が多すぎて魔具の魔力がハッキリとは判らない。

なので地道に近くまで行って、確かめなくちゃいけないのだが……正直……居たたまれない。


魔具を掘り出すのに、ちょっとどいてもらおうと光の剣の一段目で軽く痛みだけを与えると、ささっと動いてくれる魔獣ばかり。

魔虎まことか、魔獰犀まどうせいまでもが、魔具を掘り出す俺に『え、それ、持って行っちゃうの?』みたいな潤んだ瞳を向けてくるのだ。


毒牙で襲いかかられたり、鋭い爪で引き裂かれそうになったりしていた奴等と同じ魔獣とは思えないほど、この迷宮の奴等は温和しいのである。

俺が掘り出している間、ずっと隣でちょこんと座って覗き込んでるだけだし。


なので、俺も何だか可哀想な気分になってしまい、どうでもいいものとかこの程度じゃ使わないよな、ってものは……埋め戻している。

そして俺が魔具を持ち去らないと、まるで砂糖をあげた時のカバロのように魔獣達が嬉しげに鳴くのだ。

……可愛くは……ない。


中には俺の後をちょこちょこと付いてくる奴までいるのだが、これはあまり精神衛生上よろしくない。

後ろから魔獣が歩いてくるなんて……普通に考えたら怖い。

特に鳥系が、やたらよちよちと歩きながらついてくる。


魔柄長鳥まえながどりと呼ばれる白い、掌くらいのむくむくした綿毛のような魔鳥が何匹かくっついてきた時には、見た目の可愛さで一瞬和んだ。

しかし、のど笛目掛けて堅く鋭い嘴で突進してくる奴で、その羽根が開いた時に舞う粉状の物をある程度の量吸い込んでしまうと、血反吐を吐いて絶命してしまうと言う。


見た目とは裏腹の、途轍もなく怖ろしい魔鳥なのだ。

そんな魔柄長鳥達は、振り返ると小首を傾げて、きゅるん、と鳴く……

怖い……もの凄く見た目が可愛いだけに、恐ろしさ倍増である。


そんな環境の中で、魔具を掘り続けられるほど俺の神経は図太くはない。

水性の魔獣がいるところは全く見もせず、蛇の姿がちらりとでも見えたら入らない。

小さい魔獣が犇めいている階層なんて、視線の多さに耐えられなくなる……

なので、四十二階層より上の魔具はたいして確認もせず、探掘は切り上げた。


これでもかなり頑張ったのだ。

褒めて欲しい。

そろそろ動いてくれないかなぁ、あの魔竜。

光の剣でつついても、びくともしなかったんだよなぁ……


最下層に戻り魔竜の様子を見ると、どうも首だけはたまに動かしているみたいだ。

いきなり……目が合ってしまった。

流石に、動けない。

恐怖というか、威圧というか、何かで押さえつけられているような重みを全身で感じる。


ふっ、と視線が外されて、身体の強張りが緩んだ。

やっぱりただの魔獣じゃないんだな……

あー、こわかったぁ……

ちょっと休憩部屋で休もう……お腹も空いちゃったし。


日課の通信石に魔力を通してから、保存食を取り出す。

お、今日は久しぶりにシシ肉の煮込みだ。

豆と火焔菜の入ったこの料理はいろいろな所で食べたけど、やっぱこの保存食のが一番美味いんだよなぁ。

湯煎で温めて、袋を開く。

うん、いい香り……と、器に移し、匙で火焔菜を掬ったその時、視線を感じた。


俺は持っていたその器を下に置き、『浄化門の方陣』の書かれている小部屋の入口に掛けている布をゆっくりと持ち上げる。

そこには部屋の中をじっと見つめている魔竜の顔があった。


吃驚して、少し後ずさる。

入口が狭くて入り込めないとは思うが……なんで突然?

てか、こいつには『浄化門の方陣』は効かないみたいだ。


ぐるるぅぅ……


と、喉を鳴らすような音が時々聞こえる。

近寄ってみたが……どうやら、興味があるのは俺ではない。

魔竜の視線は、部屋の右端にある『シシ肉の煮込み』に釘付けである。


俺が器を持って出入り口へと向かうと魔竜はまるで待っていたかのように一歩後ろに下がり、早く出てこいと言うように首を上下させる。

長い首の下側に付いている、ヒレのようなものがヒラヒラとしている。


ゆっくり器を魔竜の前に置いてやると、長い首をくいっと下へ向け、身体の割に小さい頭を器に近づけて臭いを嗅でいるみたいだ。

ちょろり、と舌を出してぺちぺちと煮込みを舐め始める。


……食べている……?

しかもかなりお気に召したようで、器をいつまでも舐めている。

前肢も太いのだが、指……? のようなものが握り拳のように丸まってまるで『手』のようだ。

そして呆然と眺めていた俺に向き直ると、ぐぅぅぅ、と鳴いて見つめてくる。


さっき感じたような威圧感は全く無い、何かを強請るような視線だ。

俺はもう一袋シシ肉の煮込みを器に開けてやると、やはり首を上下させてからテチテチと舐め始めた。

どうやらご機嫌のいい時に、首の上下運動があるようだ。


この隙に、俺は部屋の中央へと走り【土類魔法】を使いつつ、金鋤で掘り返す。

結構浅い所で、何かが当たる感触があった。

石…?

石板か!


土をどんどんと払いのけると……確かに石板だが、これは……大きすぎる。

俺の背丈の倍以上ありそうな大きさの石に、びっしりと古代文字らしきものが刻まれている。

まったく読めないが。


「こりゃ……持ち出せないな、ははは……」


うん、無理。

いくら【収納魔法】でも、自分より大きいものは入れられない。

触れてみても何も感じないから、方陣も書かれてはいないみたいだ。


この迷宮、絶対に閉じることはないだろうな。

こんな馬鹿でかい石板、三十人がかりでも持ち上がらないだろう。

持ち上がったって、この大きさのものを運べる道がないし。

綺麗に埋め戻しておこう。


振り返ると、魔竜が他の階層の魔獣達みたいにウルウル瞳で見つめてくる。

「寝床を掘り返して悪かったな。何も持っていかないから、安心しろよ」

俺の言った言葉など解る訳はないだろうが、そう声をかけると顔を近づけてきた。


うおっ!

結構怖いんだがっ?


俺の外套にすりすりと鼻先をすり寄せてきて、この身体と牙が見えなければカバロと同じような感じだ。

だが、鼻息はカバロの数倍である。

うっかり餌付けしちまったか?


その鼻息にばっさばっさと俺の外套がはためき、衣囊に入れていたものが飛び出した。

『三番』の記章である。

もう存在しない迷宮の記章なので、記録にはならないが記念にと取っておいたものだ。


魔竜が鼻先で、ちょいちょいとその記章をつつく。

「なんだ?気に入ったのか?」

拾い上げた記章を魔竜の額に近付けてやると、翼を広げて小さく動かした。

これも機嫌のいい仕草なのだろうか。


どうせ使い道なんてないものだし、気に入ったんならこいつにやろうか。

証明札を取り付けていないから針も付いていないので、そのままこいつが差し出してきた額に魔力を通してくっつけてやる。


ぐぅぐぅぐぅるるるぅ


激しく首を上下させて、喜んでいるような鳴き声だ。

……あれ?

これって……『所有証明』?


まぁ……誰かが確認する訳でもねぇから、どーでもいいか。

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