第89話 『不殺の迷宮』-3

 不殺の迷宮は、五十階層とも六十階層とも言われている。

 それは、迷宮が完成した時に、誰ひとり確かめることができなかったからだ。

 そしておそらく、この迷宮の『縦穴沿いの横穴』を階層として認識しているみたいで、途中に横穴が開けられると簡単に一階層増えてしまうから確定ができないんだ。

 この迷宮は、今も『育っている』のだ。


 きっと横穴から入った先にも、下へと通じる回廊があるのだと思う。

 だが、いくらでも途中に階層ができてしまうとしたら、どの階層から下へ降りた所が『最奥』として記章が置かれているのか、解らないのではないだろうか?

 それとも、どこから降りていっても同じ『最奥』に着けるのか?


 俺がまず検証したいのは、この『縦穴』の一番下、だ。

 そこから横道があったとしたら、そちらが『最奥』の確率が一番高い気がする。

 心配なのは……こんなに『デカイ縦穴』をつくった魔獣が一体何か……? ということだ。


 そして、そのデカブツを惹き付ける『核』は一体何だろうか。


 俺はずっと縦穴の回廊を、壁にへばりつくように歩きながら下へ降りている。

 どんどんと道幅がなくなって、狭くなってきてはいるがひとりだったら問題ない。


 さっき二十七個目の横穴を通り過ぎたので、半分くらいは来たと思うんだけど。

 全く探掘をしていないから、進むのだけは早いよな。

 まだ、二日目だよ。

 三十階層目で、休憩室を作るために横穴に入った。


 ここは……鳥?

 魔鵠まくぐいって奴だな。

 白くて大きい羽根と、嘴の先だけが黒いのが特徴だ。

 水場にいるはずだから、この階層には池のように水が溜まった場所があるのだろう。

 ここでも魔獣のいない小部屋がいくつかあったので、一番縦穴に近い場所を休憩室にした。


 魔鵠は確か、嘴と水かきが付いた足がもの凄く高価な魔獣だと聞いたことがある。

 うーん、そういう誘惑に勝てずに一匹くらい、と狩ってしまう奴もいるんだろうな。


 俺だって稼いだ金を持っていなかったら、こんなに無防備に歩いている魔鵠を捕まえちゃっていたかもしれない。

 いろいろな『忍耐力』が試される迷宮だなぁ。




 その後も順調に降り続け、五日目にかなり大きな横穴を見つけた。

 階層としては五十二階層目。


 下への穴は続いているが、壁伝いの道は途切れている。

 ここに入らないと、下に行く道を見つけられないかもしれない。


 そう思って入った横穴には分岐がなく、少し奥の壁に……記章扉があった。

 え?

 まだ先があるのに、記章があるってどういうことなんだ?


 その部屋の中心には、ぼわっと魔力溜まりが見える。

 ……上に、魔熊まゆうが乗っているが。


 魔熊を横目で見ながら記章扉を開くと、七角形で『十二』と書かれた記章が出て来た。

『不殺の迷宮』は通り名で、正式名称は『カトエラ上級十二番・黒迷宮』である。


 間違いない。

 ここが『当初の最奥』だ。


 迷宮ができはじめた時には、ここまでしかなかったんだ。

 なのに、育成が終わったとされてから『先』ができた……のか?

 いや、ここもダフト七番みたいに、他の迷宮を巻き込んだのか?


 なら、どうして魔熊はここに留まっている?

 もしかして……更に強い魔獣が、下にいるってことか?



 迷宮はまず、魔虫達によって『最奥』ができる。

 そこへ向かって地上からいくつかの穴が魔獣によって掘られ、その最奥に辿り着く。

 そこから、魔獣が居心地の良い場所を作るかのように分岐が増えていくのが、一般的に知られている迷宮のできかただ。


 ストレステでは、大きな魔獣が入り込めて町などに影響が出にくい入口だけを残して、もうひとつ『人用』の出入り口を作る。

 俺が入った『できたて迷宮』くらいの時期、だいたい十年前後で記章扉を設置する。

 その後にできるのは、上へ向けた『分岐』だけだから。


 だから普通の迷宮と同じ作りであるのなら『最奥の先』なんて、できるはずがないんだ。

 なのに、この部屋の奥には『下への道』がある。

 横穴から出て、もう一度、縦穴を覗く。

 ……まだ、かなり深そうだ。


 採光で明るくしてみると、なんだか壁の岩が今までと違う。

 黒ずんだ色合いはあまり変わらないが、大きな岩が重なっているみたいだ。


 迷宮ができたことで、魔獣に掘られたから壁が崩れた?

 ということは、元々ここには穴か、空間……別の迷宮があった?


 俺は、横穴の『下へ続く道』へと入った。

 本当の『最奥』に続くであろう道へ。


 まだ誰ひとり入ったことのない、完全に『未踏破』の迷宮か?

 もしそうなら『迷宮の恩恵』があるかもしれない。

 記章のある迷宮は『本当の初踏破』ではないからか、恩恵は得られないからな。


 この胸の高鳴りは知っている。

 ナフトルの『できたて迷宮』の時に、似ている。

 だが、あの時のような恐怖は全くなく、ただ『楽しい』。


 その先は殆ど分岐がなく、下へ、下へと続く。

 三カ所ほど、縦穴に繋がっている横道があっただけで、その他の階層は部屋になっていてもさほど大きな魔獣の姿は見えない。


 そして、一番下。

 思っていたよりはあっけなかったが、途中にいた魔獣共がもし普通の迷宮のように襲ってくる奴らだとしたら……絶対に降りられなかっただろう。

 魔梟まきょうって、暗がりで一斉に振り向くと、目だけが爛々としててすっげー怖いんだな……


 この迷宮……なんで未踏破だったんだろう?

 魔獣、まったく何もして来ないじゃねぇか。

 光の剣を一度も使わなかったの、初めてだぞ。

『不殺の迷宮』用に作ってもらったのに。

 ……他では、めちゃくちゃ役に立ったけどな。


 上の階層の横道に入っちまうと、ここまでどころか記章のある場所にも着けないのかもしれない。

 みんな、大穴に落ちるのを警戒して、壁伝いに歩いていないのだろう。


 まぁ、あんな所で魔獣に会ったら、戦えないし避けられない。

 ここが『戦ってはいけない迷宮』と解っていても、そうはできない奴の方が多いのは解る。


 さっきの部屋……小さかったけど魔虺まかいとか、うじゃうじゃいやがったし。

 反射的に、炎熱ぶっ放しそうになっちまった……

 危なかった。



 俺は大広間のように広い最奥の空間に、『採光の方陣』で明かりを灯す。

 ……

 ……

 ……

 真ん中にデカイ魔獣が、横たわっている……


 魔獣、と言っていいのだろうか?

 もしかしたらこいつは、それを超える生き物なのではないだろうか?


 だいたい二十人乗りの乗合馬車くらいの大きさ、太い二本の後ろ足には鋭い爪が黒く光り、その背には……皮膜のような小さめの翼みたいなものがある。

 あの大きさじゃ、絶対に飛べないだろうな。

 鱗に覆われた身体は硬そうだし、寝息が……結構土埃を舞いあげる。


 こいつはきっと、神話の中にしか登場してこない、魔竜……という奴ではないのか?

 はー……これ、核なんて採れるんだろうか?

 とったら……迷宮が閉じる時にこいつが表に出ちゃうのかな?

 それ、やばくねぇか?


 ま、まあ、見るだけでも、できたらいいか、な。

 しかし、それだと『恩恵』はどうなるんだろう?


 いくつかの小部屋があったのでそのひとつに休憩室を作って、少しの間そこで魔竜が動き出すのを待ってみることにした。

 ……全然、魔虫もいないけど、こいつは何を食べているんだ?


 いや『不殺』だから、もしかしてここにいる魔獣は一切魔虫を食べていないのか?

 そういえば、魔獣が苗床になっているのも見かけていない気がする。

 ここでの苗床は……冒険者だけ、なのかもしれない。

 そう思うと、かなり怖い迷宮だな、やっぱり。


 まだ五日目だし、時間はたっぷりある。

 上の階層の探掘をしながら、この魔竜の様子を見よう。

 ……ちょこっと、どいてくれるだけでいいんだけどなぁ。

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