第88話 『不殺の迷宮』-2

 絶対に殺してはいけない『不殺の迷宮』。

 殺さなければ襲われることはない……と言われているが、本当に全ての魔獣がそうなのかは解らない。


 この迷宮で最奥に入れたのは、迷宮ができ始めて十年未満で記章を設置した時だけと聞く。

 それ以降、育成中ですら最奥に辿り着けたことがない……らしい。


 連団で入る者しかいなかったのは、ここが最も難易度が高いとされているからだろう。

 誰かが、魔獣を倒してしまうと襲われる。

 だが、魔獣を殺していない者達だけは……逃げ帰ることができている。

 初めの頃は、臆病者だけが生きて帰れるのだという者達も多かったらしい。


 そして生存者達の何人もが『魔獣を殺すと襲われる』と言い始め、この迷宮に『不殺』の名が冠されたのは三十年ほど前だそうだ。


 順番待ちの暇な時に、町にいた喋りたがりの奴等から聞いた話だが……どこまで噂通りなのか。


 前室までは、その他の迷宮となんら変わらない造りだった。

 一歩、内部へと踏み出すと、だらだらとあまり広くもない回廊幅で緩やかな下りが続く。

 随分と下っているのだが、まったく横道がない。

 普通ならもう、第一階層どころか第三階層くらいじゃないのか? という深さまで歩いていると思う。


 何故か、まったく魔獣がいない。

 そして大きく右に曲がったと思ったら急で短い坂道があり、突然広い空間に出た。

 光の剣を掲げると、かなり遠くまで広がっているようだったので『採光』で広範囲を見る。

 そこは、今までの迷宮ではまったく見たこともない形をしていた。


『大穴』だ。

 大き過ぎてこの採光くらいでは、向こう側はよく見えない。

 中心を深く、深く、先が全く見えないくらいまで深く、大きな『縦穴』があいている。

 ……やべぇ。

 明るくせずにあと五、六歩も歩いていたら、あの大穴に落ちていたかもしれない。


 三人も横に並んだらいっぱいになってしまう幅の道が、壁に張り付くようにぐるりと続いている。

 落ちてはかなわないので当然壁側を歩くことになるのだが、その壁に横穴があり階層になっているようだ。


 この縦穴の回廊は、どこまで下へと続いているのか……底が最下層なのか?

 それとも横穴に全部入って、下への道があるか確かめないといけない……ということなのか?


 うーん……取り敢えず、この縦穴回廊の行く手を見てみよう。

 俺は『採光』で縦穴の下を照らしてみることにした。

 どうやら、縦穴回廊は徐々に下へと降りて行っている。


 この道幅なら、壁伝いに辿っていけば……降りられそうだ。

 そして下に行くにしたがって、穴が狭くなっているのだろう。

 壁の回廊がずっと下まで見えている。


 俺は横穴を無視して、縦穴の回廊へと歩き出した。

 魔虫が時折、ふわふわと飛んでいるが、全く俺に関心を示さない。

 縦穴回廊には、他に歩いている者は誰もいない。

 魔獣さえもいないのだ。


 四つ目の横穴を見つけた時に上を見上げたら、かなり下まで降りてきているみたいだった。

 あ、いけね、通信石に魔力を通していなかった。

 もしかして、ここってもう四階層目なのか?

 腕輪の石に魔力を通し、更に下へと進む。


 先に入った奴等は、きっと横穴へ入って行ってるんだろう。

 俺みたいにいきなり採光なんて使わず、縦穴に落ちないように警戒しているのかもしれない。

 取り敢えず、横穴がある度に通信石に魔力を通すか。


 その後も、壁伝いに下る回廊を歩き続ける。

 時折下りながらも折れ曲がって戻るような形になっていて、穴の向こう側まで行くことはできない。


 十二個目の横穴を通り過ぎた辺りで、魔狼に出会ったが『浄化門の方陣』のおかげかこの迷宮の特性なのか、俺のことなど完全に無視である。


 そういえば八階層以降は魔具が山ほど、って言ってた様な気がする。

 まぁ……いいか。

 記章を取ってからでも、探索はできるよな。


 十五個目の横穴の辺りでふと、休憩部屋を作っておいた方がいいなと思い立った。

 ちょっと横穴に入ってみよう……と、十六個目の横穴へと入り込む。

 勿論、採光で明るくしてからだ。

 あ、魔猿まえんが結構いる。

 そうか、魔獣は基本的に横穴にいるんだな。


 うん、確かにこの数の魔獣を見たら、焦って攻撃するよな。

 俺だって『浄化門の方陣』を描いた外套で『カース二番』と『ダフト七番』を歩いた経験がなかったら、絶対に初っぱなから炎熱をぶっ放していたと思うよ。


 でもそのふたつの迷宮にいた魔獣達より、ここの奴等の方が……なんていうか、穏やかなんだよな。

 明るくなってバタバタしちゃってる魔猿こいつ達、なんか可愛く見えたりするくらいだし。


 そして横穴に入ってすぐに丁度良い小部屋を見つけ、魔虫や魔鼠まそもいないことを確認してから浄化して休憩部屋を設置した。

 さーて、お腹空いたし、食事にしよう。

 取り出した保存食は、イノブタの生姜焼きと揚げ芋!

 これ、うまーーい。

 蒸し野菜も、つけだれが胡麻味でうまーい。


 日数計は、丁度一日。

 うん、今日のところはここで寝ようかな。


 この迷宮、今のところ今までのどこより楽なんだけど、この先に何かあるのかもしれないよな。

 油断はせずに、冷静に対応していかないとな。


 あ、やっぱ焼き菓子、うまーーーーい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る