第81話 ダフト競りのあと

 ……旨かった。

 この食堂、かなり旨い。


 珍しく、米があった。

 マイウリアの西側ではよく食べられていたが、ガエスタでは全くなかった。

 もしやこれもセイリーレではあるまいな……と主人に尋ねたら、セーラントの内陸で作られているものらしい。


 マイウリアのものとは違って、ちょっと粘りがあるけど腹持ちが良くて米の料理は好きだ。

 あ、イノブタだ……旨い。


 それにしてもなんでこんなに旨い食堂が、昼飯時に空いていたんだろう。

 気になって店主に聞いてみたら、四日に一度の競りの日は終わるまでどの店もガラガラだという話だった。


 なるほど……て、ことは、まだ競りが続いているってことか。

 じゃあ、もう少しゆっくりしていこう。

 気になってた『木の実と蜂蜜包み焼き』ってのも、頼んでしまおう。


 そして俺が甘い包み焼きに舌鼓を打ち、幸せな気分で食べ終わったあたりでぱらぱらと客が入ってきた。

 よし、もう競りは終わったみたいだな。


 菓子も旨かったが……やっぱ甘いものは高いな。

 包み焼きひとつで、セイリーレの焼き菓子が三袋買えちまうよ。



 冒険者組合に着くと、組合長が上機嫌で出迎えてくれた。

 話を聞くと、俺が渡したものは全て予想を遙かに上回る金額で落札されたらしい。

 一番高かったのが剣で、魔力がそこそこ入っていた銀細工の長剣は皇国貨三十万にもなったのだとか。


 へぇ、あの程度で……

 どれも作りとして良いものが多かったから、魔力だけが原因じゃないんだろうけど。


 買い取られたものは間違いなく俺が売ったという書類を提出し、組合が買い取ったという形になる。

 ……売却したものを『俺のだから返せ!』と言わせないためもあるのだろう。

 なにせ、十日間は俺の魔力も残っているのだから。


 そして支払い証明書が出され、俺が大金を持っていても問題ないという証明となる。

 俺の取り分は、総額で……かなりのものになった。


 うーん……そうかぁ……こんなに儲かるのかぁ。

 そりゃ、みんな血眼で魔具を探す訳だよなぁ……


 金を受け取って、町中へと戻る。

 競り落とせなかった奴はとぼとぼと、良いものを手に入れられた奴は意気揚々と、それぞれが酒場で、ヤケ酒と祝杯か。

 俺は酒より、菓子の方がいいな。


「ガイエス!」

 この声はあのデルクとかいう、要点をきちんと話さないくせにお喋りなあの衛兵だ。


「すっげいい剣、手に入れられたぜ! ありがとうなっ!」

「なんであんたが剣を手に入れたことで、俺が礼を言われるのか解らないんだが?」

「だって、あんたの採掘品、競り落とせたんだもん。いやーあの『七番』の剣はどれもいいもんばっかで迷ったけど、この『黒剣』が最高だったぜ!」


 一番高かったのは銀細工の入った奴だって組合長が言ってたから、こいつのはその次か、次の次くらいに高値が付いたものか。


「そうか。気に入ったんなら良かったな」

「アステルは髪飾り、競り落としてた」

 ああ……そういえばひとつ出したっけな。

【耐性魔法】が付与されている奴だったような……


「それにしても、随分と町中に人が多いな」

「この町は競りのある日が決まっているから、近くの町からもやってくるんだよ。今回はあんたの採掘品が予定外の大物だったんで、結構白熱したんだぜー」

「ほう」

「競りの会場で落札できなかったからって暴れる奴がいたり、競り落とした奴に脅しをかけてる奴がいたりすんのは、いつものことだが」


 いつもなのかよ。

 治安、悪すぎだろうが。


「本当に剣を抜く馬鹿までいて、大騒ぎだった」

 そういう『白熱』は、駄目だろう。

「ちゃんと捕まえたんだろうな?」

「ああ。アステルがね」

 強いな。

 流石、小隊長だ。


 もうすぐ宿に着くという時に、明らかに恐喝ですと言わんばかりの集団に囲まれた。

「おい、おまえが競り落とした剣、譲ってくんねぇ?」

 ……うわー、いるんだな、こーいう馬鹿が本当に……

 面倒事のお相手は俺じゃなくてデルクなので、さっさと離れよう。


「おまえの客みたいだな。じゃ、俺はこの辺で」

「えっ、おいおい、待てよっ! まだ話したいことがあるんだって! すぐ片付けっから待てって!」

 やめろ。

 男に腕を引っ張られたって、嬉しくもなんともねぇ。


 あ、すぐに片付けるなんて言われて怒ってるぞ。

 巻き添えは勘弁して欲しいんだが……と、一歩下がった俺から離れ、すらり、と剣を抜くデルク。

 競り落としたばかりの『黒剣』だ。

 衛兵団の制服着ていないけど、いいのかね?



 本当に『すぐ』片付いちまった。

 なかなか良い切れ味の剣だし、デルクの腕も結構良い。

「この程度じゃ『双剣』を使うまでもないな」


 物足りなそうに、そう呟くデルク。

 へえ、双剣か……こいつ、二刀流なのか。

 そういえば腰に二本、帯刀している。


 揉め事を聞きつけてか、衛兵が走り込んできた。

 デルクは笑顔で、怪我をして転がっている奴等の回収を指示し、何故か自らも回収されていった。


「なんで俺まで!」

「隊長が休みなのに、あなたまでいなかったら仕事にならんでしょうが!」

「そうですよ、副隊長!」

「しかも、今の連中は明らかにあなたが原因ですからね!」


 この小隊は、随分と大変そうだな……

 クビにしちゃって、新しい役付きが来た方が良かったかな?

 ま、どーでもいいか。


 さて、そろそろ俺は、旅支度でもするかな。

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