第82話 ダフトからカトエラへ

 翌朝、俺はダフトを発ち北西のカトエラへと向かった。

『不殺の迷宮』に最も近い町であり、ストレステの最も西に位置する町だ。


 西にはコーエト大河が遠くに見え、その大河の向こう岸のビエト山脈はアーサス教国だ。

 大河を渡ってこちらに来ることも、こちらから渡ることもできないと言われている。

 上流へは三つの可動堰で区切られているので、大河伝いに川を遡ってイグロストに入ることもできないらしい。


 広い川幅の流れはさほど速くはないが、所々深くなっていて肉食魚の姿もある。

 ……だが、この肉食魚、焼くと旨いと聞いたことがある。


 この町から北側は凍土になってしまい、町はなく迷宮も多分、ない。

 全てを確認した奴がいないから、多分、だ。

 冬場は訪れる者も少ない町だが、この季節になれば南側の稼げる中級迷宮へ入ることができるようになっているので冒険者達で賑わうという。


 ダフトからの道のりは岩場が多く、急な斜面はないものの起伏の激しい場所ばかり。

 一気に走るということができず、カバロも歩きにくそうだ。

 その上、一日で辿り着ける距離ではないので二日くらいは野宿になる。


 カバロの餌を沢山買っておいて良かった。

 イグロストで買っておいた砂糖も、たまに食べさせてやるとめちゃくちゃご機嫌になる。

 甘いものってのは、馬も好きなんだな。


 俺の外套だけでなく、カバロの馬具や休む時に羽織らせる馬着にも『浄化門の方陣』を付けてある。

 そのおかげか、草原の小さめの魔獣も、森の中の魔虫も、全く寄ってこない快適な旅だ。

 あと半日ほどでカトエラに着くだろうという辺りで、沼地にさしかかった。


 沼とか水辺には、良い思い出がない……

 水質を鑑定しても特に問題はなさそうだし、『土類鑑定』をしたがそんなに深くもなさそうだ。

 でも……なんか、嫌。

 それはどうやら俺だけでなくカバロもそう感じているようで、沼地へ入るのを躊躇っているみたいだった。


「遠回りになるが……迂回するか。俺もここを突っ切るのは、気がすすまない」

 ぶふっふぉんっ

 うん、それは『了解』の鼻息だな。


 どっちがいい? と迂回路を前にカバロに選ばせると、大きく北へ逸れる方へ歩き出す。

 こりゃ、町に着くのは夕方か夜になりそうだな。

 急ぐ旅でもねぇから、こいつの行きたい方向に行こうか。

 でも、そんなに遅くなっちまったら、宿が取れるかなぁ。


 沼地の北側は思っていたほどは大回りにならずに、夕食時間前にはカトエラの北東門に着くことができた。

 さっさと宿を決めて、カバロを休ませてやらないとな。


「あれれ、こっちから来る冒険者なんて珍しいな」

 門番のひとりがそう言うので聞いてみたら、北側の凍土から来る者はいないし、この時期は南東の町を必ず経由してくる奴等ばかりだから、こっちまでは来ないそうだ。

「あの沼は突っ切ろうとすると結構汚れるし、この時期は泥の中にゃ吸血虫がいるから最悪、馬を捨てることになっちまうんだ。あんた、賢明だったよ」


 やっぱり、泥とか沼とかは危険なんだ。

 よくやったぞ、カバロ。


「それに西へ回ると川があって通りにくい。大きく外れるように見えるが、北へ回るのが一番なんだ」

「そうだったのか。こいつが、こっちの道がいいって言ったから来たんだが……」

「はっはっはっはっ! あんた、馬の言うことを聞いて道を選んだのかい! そりゃあ、一番正しいよ」

「そうとも! 馬ってぇのは、ちゃんと主を導く生き物なんだ」


 この町でも、どうやら馬は大切にされているようだ。

 ……なんだか、カバロが得意気に見える。

 褒められてることが、解ってんのかもしれん。


 いい厩舎のある宿はないかと聞いたら、町の中心から少し北西に行った所の宿を紹介してもらえた。

 ちょっと遠いが町中を馬に乗っていてもいいと言われたので、騎乗したまま入場して西側へと移動する。


 途中で、馬を売っている所がかなりあった。

 やむを得ず馬を手放した奴等は、ここでこんなにも高価な馬を買わされるのだろう。

 門前町やデルムトの馬たちよりも明らかに毛並みも悪く、小さめの馬が五倍近い価格で売られている。

 だがこの町から何処へ行くにも、馬は必要だ。

 そういえばこの国では、乗合馬車も馬車方陣も見たことがないな。


 教えてもらった宿に着いてまず厩舎を見せてもらうと、どうやらカバロは気に入ったようだ。

 その様子を見ていた宿の主人、ヒューリに笑われてしまった。


「なんだよ、馬に宿を選ばせる冒険者なんて初めてだぜ」

「俺より、こいつの方が世話になる時間が長いからな。迷宮に入る時にこいつを連れていくのは……なんか、可哀想だし」

「へぇ……本当に珍しい。解ったよ、あんたがいない時も、ちゃんと世話をしてやるよ」

「頼む」


 俺がそう言った時に、カバロがぐりぐりと鼻先を押しつけてきたので撫でてやりながら砂糖を舐めさせてやると、ヒューリがやたら驚く。


「あ、あんた、馬に砂糖なんかやってんのか?」

「カバロの好物なんだよ。たまにだが、喜ぶから」

「ふぇー、随分大切にされてる馬なんだなぁ。いいご主人で良かったなぁ、えーと、カバロ?」


 ヒン、ヒン、と機嫌良さそうに鳴くカバロが、ヒューリにも甘えたように頭を押しつけている。

 これで安心だ。

「じゃあ、あんたの部屋へ案内するよ」


 そう言われて案内された部屋は、結構広くて吃驚した。

 こんなにいい部屋、俺なんかが使っていいんだろうか?

 もっと狭い所でもいいんだが……とヒューリに言うと、馬を大切にしている奴に良くしておくと神様から恩恵があるっていうからな、と笑う。


 ……そんな迷信、あったか?

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