第80話 ダフトの教会
「……何故、あんたがここにいる」
「競りに行くんでしょ? あたしも行ってみたくて」
翌々日の朝、宿の前で待ち伏せしていたのは、衛兵団の制服を着ていないアステルだった。
行きたきゃひとりで行けばいいのに。
「なんで俺が、競りに行くんだ? 買いたい奴が、行くものだろうが」
「なんで行かないのよ? 誰が買うかぐらい、気になるでしょ?」
「まったく。競りに出した時点で俺のものじゃないんだから、誰が手に入れようが関係ない」
素っ気なく突き放しているというのに、俺の前に立ち塞がってきやがる。
悪いが、付き合ってやる気はない。
反対方向に歩き出そうとした俺の腕を取り、行きましょうよ! と引っ張ってくる。
美人にこういうことをされて、嫌がる男は多分少ないのだろう。
彼女も、今まで拒絶されたことなどないのかもしれない。
俺が無理矢理手を振りほどいたら、とんでもなく意外だという表情を浮かべる。
「言ったはずだ。俺の邪魔をするなって」
「今は、衛兵としてじゃないもの。いいじゃないのよ、付き合ってくれたって!」
自分のすることに相手が合わせるのが当然だ、とでも言うような物言いをするのは美人の特徴なんだろうか。
こういうのと一緒にいて不快にならない心の広い奴が多いのか、それともなんらかの下心があって言うことを聞いてやっているのか。
だが、俺はそのどちらでもない。
「ひとりで行くのが怖いなら、別の奴と行け。迷惑だから付きまとうな」
ふぅ、やっと諦めたようだな。
まったく、鬱陶しい。
冒険者にもああやって親しげに距離を詰めてくる奴がたまにいるが、ああいう手合いは男も女も苦手だ。
さほど親しくもないうちから『自分の要求』を通させようとする奴とは、関わると面倒なことになる方が圧倒的に多い。
勿論、経験則だ。
随分と嫌な目にあってきたからな……思い出したくもない。
俺が来たかったのは教会。
目当ては当然、司書室だ。
ストレステは、三つの国が集まってできた『共和国』だ。
尤も、一番力の大きかった国が他二国を併呑した……ってことなんだろうが。
ダフトのある西側は、かつては最も歴史の古い『ダエルテ』と呼ばれた国があった辺りだそうだ。
だから教会にも、古い方陣があるんじゃないか……と、思っていたのである。
教会司祭は、穏やかそうな女性だった。
俺は初めてだったせいで、つい見過ぎてしまった。
「女性の司祭はこの国では少ないですが、イグロストには結構いるのですよ?」
笑顔でそう言われたが、俺はイグロストでも女性司祭とは会ったことがない。
「あら、どちらにいらっしゃいましたの?」
「セーラントだ」
「ああ、それでしたら、そうかも知れませんわ。セーラント領はご領主も次官も男系ですから。女系領主のロンドストなどでは、女性司祭も沢山いらっしゃいますよ」
なるほど……そういうものなのか。
ロンドストでは、エルエラの教会だけしか行かなかったから知らなかったな。
「冒険者の方がいらっしゃるなんて、珍しいことです。是非、ごゆっくりしていらしてください」
司祭はそう言うと、司書室に俺ひとりおいて戻って行った。
信用されているのか、盗まれて困るものなどないということなのか。
方陣関連の本は一冊しかなかったが、『制水の方陣』というものを見つけた。
水を出すだけでなく、操れる魔法の方陣だ。
『七番』みたいに、水が溜まった場所があっても【制水魔法】があれば水そのものを動かすことができる。
これは結構、いいものが手に入った。
もう一度司祭様に挨拶だけして、俺は昼食にすべく町の食堂へ入った。
食べ終わる頃には競りも終わっているだろうから、ゆっくりと冒険者組合に向かえばいい。
それにしても、随分と空いている食堂だな……
もしかして、あまり旨くないのか?
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