第79話 宿の食堂

 宿に戻って使った方陣札を補充していたら、宿の女将さんが俺を呼びに来た。

「客? 俺に?」

「ああ、衛兵団の奴等が来てるんだ。あんた、なんかやったのかい?」

「おそらく、何もしてねぇから来たんだよ。すぐに行く」


 また挨拶がねぇとか、勝手に迷宮に入ったとか言いやがるんだろうな、と気が重かったが宿に迷惑はかけたくない。


 宿の一階は、食堂だ。

 降りていくと、衛兵が十五人ほど立っていた。

 おや、あの小隊長だけじゃなく、弟の方もいるみたいだ。


 衛兵のひとりが階段を下りていた俺に気付き、アステル小隊長殿もこちらを振り向く。

 さて、何を言われるのやら……と、俺が最後の一段を下りようとした時にずらっと衛兵達が横一列に並んだ。

 驚いて足が止まった俺と、アステルの視線がぶつかる。


「ガイエス殿、この度の衛兵団のご無礼と、誤認による不手際を深くお詫びいたします」


 ……は?


 衛兵達が他の客や宿の女将達も見ている前で、俺に一斉に頭を下げる。

「貴殿の仰有っていたことが、全て真実であったと確認いたしました。我々の間での情報共有の甘さと、思い込みによる認識の違いでご迷惑をお掛けした」

「解ってもらえたなら、それでいい」

「……お怒りでは……ないのか?」

「怒ってはいない。今後、俺の邪魔をしないでくれればそれでいい」


 衛兵達から、ふぅー……と、弛緩した吐息が漏れる。

 なるほど、イグロストの二等位魔法師を怒らせたとあっては、国家間の問題になるということか。

 アステルはデルク以外の衛兵達を戻らせ、改めて俺に詫びてきた。


「本当に、申し訳なかったわ。この子が……デルクが『見失った』としか言わなかったのを、あなたが勝手に逃げ出したんだと思い込んでしまって……」

 どうせお姉ちゃんに怒られたくなくて、はっきりとしたことを言わなかったんだろうな。

 デルクは、ばつが悪そうに視線を泳がせ、俺と目を合わせようとしない。


「衛兵団を許してくれたのは、感謝している。でも、あなたの気が済むようにしていいわ。あたしも、この馬鹿も。クビにするんでも投獄でも……」

「いいって言ってるだろう? あんた等がどうなろうと、俺に利になることもないし、気分が良くなるわけでもない」

 そしてふたりはもう一度謝罪の言葉を言い、少しだけ安心したような口調になる。


「護衛のことも門前町で全く説明していなかったと思ってもいなかったし、まさか、こんなに短期間で、四基もの迷宮を踏破できるとも思えなくて……」

「五基だ。今日、もうひとつ踏破してきた」

 この姉弟はふたり共、目がでっかくなるんで並んでるとなかなか面白い。

 似た者姉弟なんだろうな。


「五基っ? ま、まさか、上級七番か?」

「ああ。明後日、採掘してきた魔具の競りがあるらしい」

「三十階層以下にどんな魔獣がいたのか、聞いてもいいか?」

 随分真剣な顔だが、迷宮育成のための資料にでもするのだろうか?


魔虺まかい魔熊まゆうだった。統計でも取っているのか?」

「あの迷宮は閉じないから、警戒しておきたいのよ」

「いや、閉じたぞ。衛兵団は情報が遅いな」

「ええっ? 閉じたの? 嘘っ、あそこは核を採っても閉じない迷宮だって……今まで全く閉じなかったのよ!」

「本当の核を採れなかっただけだろ。ああ、そういえば迷宮核のあった所の壁に、もうひとつ記章扉があった」


 デルクがその記章を持ってきたのか、と聞いてきたので『三番』の記章を見せてやったら、ふたり共押し黙ってしまった。


「……なるほど……三番の最下層が、近くにあったのね」

「そっちの方が、強い魔力を保持したものだったんだろうな。だから『核』が入れ替わっちまったんだ」

 だいたい予想通り……だな。


「ねぇ、その『核』は売りに出すの?」

「いや」

「ちょっとだけ、見せてもらえたり……しない?」

「……断る」

「ものは? 何が埋まっていたかだけでも、教えてよ! お願いっ!」


 ストレステでは、迷宮を作るために態と魔力の多い物品を埋めているらしい、と聞いたことがある。

 勿論、元々埋まっていたものもあるだろうが、中級の殆どは態々埋めたものが核になっているという。


 上級迷宮と同じようなものを埋めれば、その迷宮は『上級』に育つかもしれない。

『上級迷宮』がどれくらいあるかで、その町に訪れる冒険者の数がかなり変わるのだろう。

 だが、今まで人の手で『上級』ができたことはないのだとも言われている。


 上級迷宮の踏破者が少ないので当然、核の数も少なく、手に入れた冒険者は絶対と言っていいほど売りには出さないようだ。

 核がなんだったか本当のことを言ってもいいのだが、方陣の書かれている石板だとは言いたくはない。


 もしかしたら歴史的価値とか国家機密級の方陣かもしれないなんて言われて、ストレステ政府から提出要請があったりするかもしれない。

 流石に、政府からの要請は断れないだろう……ほぼ『強制』だろうしな。


「デカイ貴石の付いた腕輪、だよ」

 そっかー貴石ね! とアステルは妙に納得しているし、デルクの方は宝石じゃストレステで売るよりイグロストに持って行くよなぁ……なんて溜息をついている。


 貴石や装飾品はストレステより、イグロストの方が高く売れるのか。

 いいこと、教えてもらったな。


 ふたりは明後日の競りを楽しみにしている、と言って引き上げていった。

 どうやらこれで、衛兵に付きまとわれることはなくなったようだ。


 さて、夕食を食べて寝てしまおう。

 なんか、疲れた。

 あ、カバロの様子は見ておこうかな。

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