第72話 『ダフト上級七番・黒迷宮』2

 三十九階層に手頃な小部屋があったので、休憩部屋として利用することにした。

 順調にこんなにも早く降りてこられたのは、全く討伐部位を取っていないことと何ひとつ魔具の探索をしていないからだ。

 大型も魔黒猩まこくしょうまでしか出てこないが、魔熊まゆうがいるというのがただの脅しだったとは思えない。


 壁の至る所に、大きな爪で抉ったような跡が残っていたのも発見している。

 絶対にいるはずなのだが、どうしてここまで全く姿が見えないのだろう。

 臭いと煙で退避してしまっているのか?


 警戒しつつ、四十階層へと歩を進める。

 探知で確認してみても、この階層の部屋はどうやら五つほどしかない。

 そして……全く魔獣らしき魔力が、感知されない。

 今は最終の、四十一階層に行っているのか?


 それでも魔虫はいるようなので、今までと同じ手順で各部屋の魔虫を焼いて煙を出す……が、全く下への経路らしき場所が煙の動きでは見つからない。

 歩いて探し出すしかないな、と隅々まで歩いてみることにした。


 あ、こんな所にも分岐があった。

 六つ目の部屋が、少し登った感じの回廊の先にあったのだ。

 俺の背よりも低いくらいの高さしかないので大したことはないが、この程度の高さ違いでも『探知の方陣』には引っかからないのか……


 一歩、上がった時に感知できたのは魔力ではなく、毒物反応。

 魔虫がかなりいる。

 雷光剣を打ち込んですぐに明るくすると……思っていたよりはるかに広い空間だった。

 教会の聖堂くらいはあるのではないだろうかという空間で、かなり天井も高い。

 そして、高くなっていたのはこの入口付近だけのようで、部屋の中は斜めに奥に向かって低くなっていた。


 地面に堕ちている魔虫の群れ以外に、こんもりとした山のような『苗床』になったと思われる魔獣。

 尾の辺りが、骨だけになって突き出ている。

 ……『関節が三つある尾』……これは、魔熊の特徴だ。

 討伐確認部位になっている、魔熊だけの。


 転がっている山は五つ。

 つまり、五体の魔熊が……最下層の魔獣の苗床になっている?

 背筋に冷たい汗を感じた。

 ここまで大きい魔熊を、五体も殺すことのできる魔獣がいる……と?


 いかん、まずはすぐにでもここの全てを焼いてしまおう。

 部屋中、四方に炎熱を打ち込み隅々まで綺麗に焼ききって浄化してしまう。

 魔熊と魔虫を焼ききった空間から煙を消したあとに、今まで魔熊の身体に隠れていて見えなかった階下への入口を見つけた。


 だが、ほんの一、二歩降りることができるだけで、それ以降は水に浸かっている。

 四十一階層は、完全に水没している……?

 覗き込んだ水の中にゆらり、と何かの影が見えた。


 半水生の魔獣がいる。

 この通路を使って上の階に上がって来られる、魔熊すら倒せる魔獣が。

 最終階層には、降りられない……ということか?

 水の中に入ったら、息継ぎできる場所はおそらくない。


 あったとしても、この水の中では俺は攻撃が一切できない。

 炎は出ないだろうし、雷光など放とうものなら自分自身まで攻撃してしまう。

 そして……今、見えているこの水は『毒』だ。

 この中にいる魔獣は、毒水の中で生きている。


 息を止めて、毒耐性と方陣で解毒しながら入ったとしても、記章すら取ってこられない。

 ここまで来たというのに!

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