第71話 『ダフト上級七番・黒迷宮』1

 上級七番、魔虫が多く育成中の踏破回数が少ない。

 そして、難易度としては最も難しいとされる『黒』。

『藍』でちがう生息域の魔獣がいたことを考えると、『黒』にも水生、半水生などが混在しているだろう。

 炎熱が効きにくいと厄介かもしれない。


 門番に聞いたこの迷宮の最短踏破記録は、七人の連団で十一日。

 最も最近の踏破は、五年前の三人の連団で十八日間。

 三十階層以下は五年間手つかず、ということだ。


「この迷宮も、もしかしたらその内『名付き』になっちまうかもしれないぜ?」

 門番が少し得意気にそう言う。

「どうしてだ? 踏破記録があるのだろう?」

「ああ、記章を持って来た奴はいるよ。迷宮核を持って来たって奴もさ」

「……核? なんで核が取られてて、まだ迷宮があるんだ?」

「そう。核が取られているのに、この迷宮は閉じなかったんだよ!」


 五年前も、その前の時も、記章と共に四十一階層で『核』を掘り出してきているそうだ。

 なのに、この迷宮は閉じるどころか更に大きく、各階層で分岐を広く増やし続けているのだという。

 名が付くとしたら『不閉の迷宮』……とかだろうか?


「単独はきついと思うが、無茶せずにちゃん引き返せよ?」

「ああ、できる範囲で移動してみるよ」


 その時に、門番から『日数計』を渡された。

 探掘ができる『育成終了迷宮』では必ず渡される。

 迷宮内では、時間の感覚があやふやになる。

 昼も夜もない所で、常に警戒して気を張っているし、空腹感も区々になるのだから時間感覚がなくなって当たり前だ。

 その上、探掘をしていると、更に時間なんてものは感じにくくなる。


「この目盛りがひとつ進んで半日だ。まだ大丈夫だと思っても、この日数計が最後まで振り切る前に一度必ず戻れ。でないと、死亡とみなされて境界門の鍵が開けられてしまう」

「鍵が開いちまうと、他の奴が入ってくる可能性が……まぁ、ここはねぇだろうけど、ちっとはあるからよ。そうすっと、後ろから魔法が飛んでくることもあるからな」


 日数計は、一ヶ月分。

 つまり、ここの迷宮は二十九日以内に、絶対に一度は出なくてはいけない。

 前室にはきちんと方陣札を貼って、万一に備えてから行けよ、と念を押され、俺は迷宮内へと入った。



 今回も、前後に『浄化門の方陣』を書いた外套を羽織っている。

 明るい迷宮内を早足で進んで行けるほど、魔虫も魔獣も少ない。

 五階層以下では流石に魔虫の数が増えてきたので、雷光剣と炎熱で思いっきり煙を出しつつ進んでいく。

 この煙のお陰で、全く魔獣とは戦闘にならずに済む。


 順調に二十三階層までやってきた時に、初めて中型が現れた。

 魔猩ばかりだったが、魔虫も多かったおかげで煙攻撃ができる。

 やはり一桁迷宮は、俺にとってはかなり歩きやすい迷宮だ。

 徐々に大型の魔黒猩や魔虎の数が増えていくが、それに伴って魔虫も増えてくれるから体力も魔力もかなり温存できている。


 二十八階層で休憩部屋を作り、一度そこでしっかりと身体を休めた。

 日数計は丁度、丸一日。

 さあ、これからが本番だ。

 一体何が出てくるんだろうか。



 二十九階層目。

 急に、部屋数と分岐が少なくなった。

 多くの種類がいるのではなく、少ないが強力な魔獣がいるということかもしれない。


 だが、戦法は今まで通りで進めるだけ進んでいく。

 下層への回廊から出る前に、まず雷光剣で二発。

 いつも通り『採光の方陣』で部屋を明るくして、魔虫に炎熱攻撃。

 旋風で煙と臭いを、なるべく広く行き渡らせる。


 煙の動きで、下の階層への経路が探知しやすい。

 少しだけだが、煙が吹き上がる場所があれば、そこが下層への通路だ。

 下層への回廊を見つけたら、倒れている魔獣共を悉く焼きつつ最短距離で移動する。


 大型の、一撃で麻痺が入らない魔獣は三十六階層までは何もおらず、楽に進むことができた。

 兎に角、最終階層まで行ってしまいたい。

 その後でなら、方陣門を使って全ての階で魔具探索でもなんでもできる。


 そして丸二日が経とうとしている頃、俺は三十九階層から四十階層への回廊を発見した。

 もう少しだ。

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