第44話 リント-2

 人という生き物は、気持ちや懐に余裕が出て来て初めて、食い物の味に拘り出すのだろう。

 今振り返っても、ガエスタにいた頃の俺は、なんであんな食事で腹を満たしていたのか解らない。


 リントの飯は俺の好みにもの凄く合うだけでなく……なぜか女性達が、我先にと俺に酒をついでくれるのだ。

 自分たちの手料理までも、俺の目の前に並べて。

 なんだろう、俺、騙されてないよな?


「ガイエス! こっちのも食べてみてよ」

「あら、あたしの作ったものの方が、絶対に美味しいから!」

「まー図々しい。この間まで料理なんか絶対しなかったくせに」


 あまりに慣れない状況に、どう反応していいか解らず黙々と食っては、飲んでいる。

「……旨い……」

 ぼそっと呟いた俺の言葉に、彼女達はきゃっきゃっと歓声を上げる。

 本当に旨いのだが、段々腹がふくれてきた……いつまで食い続けていればいいのだろう……


「ほら、あんた達! いくらガイエスさんが優しいからって、そんなに纏わり付いてちゃ休めないだろ?」

 助け船を出してくれたのは、俺が泊まる宿の女将さんだ。

 それにしても、リントってのは女性が多い町なのか?


「確かに女は多いけど、今の時期はまだ男達が南の方の仕事場から戻っていないからね」

 この小さい村の周りは榛の森と湖だけで、農地が少なく牧畜にも適さないのだそうだ。

 そのため男達はもう少し南の内陸部で出稼ぎか、遠洋漁業船に乗って東の大海へ漁に出ているかのどちらからしい。

 出稼ぎ勢が戻るのはあと半月程で、船が戻るのはあと二ヶ月程だという。


「南のロートアに移り住んで小麦を作って暮らす……ってのも、いいとは思うんだけどね。あたし達は森と湖のこの村が好きなんだよ」

「でもっ! 今回の榛果の評価がよければ、定期的に買い上げてくださるって話なの!」

「そう! だから、あなたが売ってくれた方陣札は、あたし達の村の未来を決める大切な魔法なのよ!」


 稼ぎが少ない榛の森だけのこの町で、その榛の実が救い手になったら彼女達はここを離れずに済むということか。


「リントの榛果に、セームス卿が光を当ててくださったんだ」

「セイリーレに送るんですって! お菓子の材料になるらしいの」


 また、セイリーレかよ!

 でもあの町の菓子は確かに旨かったし、カカオなんてものまで菓子にしていたからな。

 榛果はどんな菓子に……いや、駄目だ。

 俺には全く、想像ができねぇ。

 鶏の餌を、どーやったら菓子にできるってんだ。


「セイリーレの『セラタクト』ってお菓子が有名なのよ!」

「皇室認定品なんて、食べる機会ないわよねぇ」

「あれ、皇室認定品だったのか……」

 女性達の会話に、つい呟いてしまった俺の言葉を耳にした彼女達が一斉に振り返る。

 宿の女将までが詰め寄ってくる。


「ガイエスさん、あんた、まさか、食べたことがあるのかい?」


 彼女達の表情と視線が……尋常じゃない。

「ああ……旨かった」


 その後はもう、大騒ぎだ。

 どんな菓子だったのかとか、誰が作ってるのかとか、どんな人が行く食堂だったのか、とか。

 取り敢えず、知っていることは全部話したが……


「きっとセームス卿もそのお菓子、好きなのよね」

「そうよ、絶対に召し上がっているわね! ああ、あたしも食べてみたい……」

「セラタクトは無理でも、そのお店のお菓子なら絶対に美味しいわよねぇ!」


 うっとりとそう語る彼女達を見ていて思いだした。

 そういや、あの店の菓子……買ったなぁ。

 収納していた菓子の袋を見ると、一袋に随分沢山の焼き菓子が入っていた。

 ……まぁ、ひとつくらいは分けてあげようか。


「その店で売っていた焼き菓子だ。よかったら……」

 俺が菓子の袋を彼女達の前に差し出した途端に、全員の目が爛々と輝いている。

 菓子ってのは、ここまで女性を虜にするのか。

 あいつの店にやたら女の子が多かったのも頷ける。


 そしてまた俺の杯に酒が注がれ、女将さんから奢りだよ! と言われたが、女性達は俺なんか放り出して、菓子に夢中だったのは言うまでもない。

 俺も酒より、そっちの菓子の方がいいなぁ……

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