第38話 セレステ-2

 その後、司祭は休むことなくセームス卿の偉業を詳細に語り始めてしまい、その言葉を制してなんとか教会を出た時には夕餉の支度が始まろうかという頃合いだった。


「お疲れ様でした……でも一度はあれを聞いておかねぇと、仕事中でもなんでもとっつかまって話を聞かされるんすよ……」

『面倒なこと』ってのは、そういう意味かよ。

 ぐったりとした俺とバイスは、やっと港湾事務所へと辿り着いた。


「あはははっ! 早速、司祭様の『通過儀礼』を受けてきたか!」

 大声で笑ったこの精悍な若い男は、このセレステ港の港湾長だそうだ。

「よろしくな、◯xキエム、だ」

「ガイエスだ。よろしく頼む……キエム?」

「……あ、ああ! マイウリアの人にゃ、俺の名前は言いづらいかもな。うん、キエム、でいいよ」


 う……気を遣われてしまった。

 そしてその『キエム』と呼ぶことを許してもらえた港湾長から、条件書が読み上げられ仕事の詳しい内容や待遇を聞かされて、またしても驚いた。


 三日に一度休みがもらえる上に、昼飯と夕飯まで食わせてくれて宿代も港持ち……って!

「いや、イグロストでなら、どこでも規定の待遇だぜ?」

「冒険者じゃ、ありえねぇんだよ、そんな厚遇は」

 あ、可哀想なものを見る目になりやがった。


「でも、やたら腕力頼みの奴じゃなくて、魔法師を連れて来てくれたのはよかったぜ」

「でしょーっ? 力押しの奴だと、どうしても捕まえた奴をボコボコにしすぎて、尋問もできなくしちまうから」


 そうか、それで司祭も『なるべく怪我をさせないように』なんて、言ってた訳か。

 実行犯から、情報を聞き出す必要があるってことだな。

 ならば、あの『剣』はうってつけだな。


「それに、最近来ている奴等はどうも不銹鋼そのものを盗み出すというより、仕入れ先と加工方法を知りたがってるから、倉庫より事務所界隈に重点を置いて欲しいんだ」

「わかった。捕らえたらすぐに、あんた達に知らせた方がいいのか?」

「ああ、そうしてくれ。伝えるのは俺か、バイス、だ」

 ……内通者の可能性もあると疑っている、というわけか。


「さっき司祭様がくれた腕輪に付いてる魔石に魔力を通してくれたら、俺と港湾長のこの腕輪に知らせが入るからすぐに駆けつけるっすよ」

 通信石かよ!

 なんて高価なもの、使ってやがる!


「セーラントの港はこのセレステだけでなく、全てが皇国にとって欠かせないものを扱っている。他国に流されるわけにはいかねぇからな」

「……俺は、他国の者だが?」

「言ったろ? 『イグロストで承認された魔法師』がそういう真似したら、どうなるか。他国に行ったくらいじゃ、逃げ果せないからな」

「なるほど。肝に銘じておく」


 なんだかんだ言っても、やっぱ、おっかねぇ国ばっかだよな、どこもかしこも。

 だが犯罪者になどなって、ストレステに渡れなくなる訳にはいかねぇから真面目に仕事しよう。

 金は、あるに越したことはねぇし。


「それから、多分そういう馬鹿なことはしないとは思うけど、たとえ泥棒達を捕らえるためでも支配系の魔法……【隷属魔法】とかは、使用したら一生牢から出てこられなくなるからね」

「隷属自体が犯罪ってことなのか?」

「そうだよ。そして、それを手助けしたり、見て見ぬ振りをしても相応の罰があるからね。実は、二年程前からもの凄く厳しくなってねぇ。イグロストでは元々賤棄を持つことは禁止で、そんなものを承認した神官達も捕まっていなくなっているはずなんだけど、ちょっとした事件があってさ。罪としても、罰としてもかなり重くなったから」


「かつて、賤棄を持っていた……ってのは対象外か?」

「持ってたんすか?」

「いや、俺にはそんな魔法も金もないからな。俺の知ってる冒険者で、そういうのを自慢していた奴がいたんで」

「身分証に『隷主』って記されたことがあったとしたら、入国の時に弾かれるだろうね。でもただ単に自分の魔法と簡易契約だけで、神官を通していないなら……そういう事実を、本人が口にしない限りは捕まらないかな」


 そうか、リーチェスがミトカの友達を隷属させてた時に、神官を通すような手続きなんかはしてないだろうな。

 神官に渡す金もケチるだろうし、そうまでして手に入れた賤棄なら、すぐに殺したりはしないはずだ。


「マイウリアでは結構、賤棄っていたんすか?」

「いや、マイウリアでも表向きは禁止してた。酷かったのはガエスタだな。若い奴を騙して弄ぶ奴もいたみたいだから」

「ガイエスさん、そんなとこでよく生き残ってきたっすねぇ」


 バイスの言葉には含みがあるように聞こえるが、こういったことはいつものことだ。

「冒険者は、そういうのから身を守る方法を知ってるだけだよ」

 俺の言葉にキエムは軽く笑って、条件書に押印して渡してくれた。

「ま、なんにしても君のような魔法師に頼めてよかったよ。そういうことの怖さも知ってるし、覚悟もあるみたいだしね」


 ……と、いうことは……そういう『禁忌』の魔法を使ってくる可能性もある……ってことか。

 厄介だな、そいつは。

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