第37話 セレステ-1
リグナからセレステへは一瞬、と言っていいほど早く着いた。
馬車方陣で、あっという間に。
西側のロンドストに近い町からもうすぐ昼になるかという時間に馬車に乗ったのに、最も東のセレステ港まで昼前に着いちまった。
「あー、やっぱ海からの風は、気持ちいいっすね!」
そう言いつつ、馬車を降りて伸びをするバイス。
確かに少し冷たいが、いい風だ。
マイウリアにも海に面した町は多い。
俺の故郷、マハルもそうだった。
ただ、南のマイウリアでは冬でももう少し温かい風だったが。
「まずは、昼飯にしましょう! 魚が食いたくって堪んないっす」
「この季節だと……何が捕れるんだ?」
「
そのまま……は、マイウリアの魚では食べたことがない。
「ビクテム様が、セーラントの海を浄化してくださいましたからね! どの魚も全部、切っただけでいけるんですよ」
「……セームス卿のことか?」
いいのかよ、大貴族を名前で呼んだりして。
「あの方はよく港にいらしてて、ちっこい頃から俺達と一緒になって船に乗ったりしてたんすよ。今でも、時々遊びに来てくれるんです!」
笑顔で、領主のことを話す領民なんて初めて見た。
あ、違うか『女将さん』もそうだったよな。
「ビクテム様は、俺達の誇りっすからね!」
慕われ尊敬される次期領主の大貴族、か。
そういう貴族がいたら、マイウリアもガエスタもあんな風にならなかったのかもなぁ……
領民を矢面に立たせて逃げちまう領主なんて、イグロストにはいないのかもしれねぇな。
「セームス卿の身分証が開示されているって聞いたが……見られるのか?」
「勿論っすよ! 飯食ったら、教会に行きましょう。司祭様にも紹介したいし」
「司祭に?」
「ええ、三ヶ月もうちで仕事してくださる魔法師ですからね。紹介しといた方が、いろいろ面倒がないんすよ」
教会ってのは、どこででもそれなりに『面倒』みたいだな。
昼飯は、教会近くの食堂で済ませた。
確かに鱈という魚は、めちゃくちゃ旨かった……!
そのままってのはやっぱり抵抗があったんで、焼いたものだったが。
ここにいる間に、一度くらいは……生魚、食ってみようか。
ここの教会はあまり大きくはないが、随分と頑丈な石造りだ。
大概教会ってのは、煉瓦造りにしたりするものだと思っていたのだが。
辺りを見回すと、どの建物も煉瓦じゃなくて切り出した石で造ってある。
「煉瓦もいいんですが、こっちの石の方が人気なんすよ。セーラント公のお屋敷にも、この石が使われているんで」
「この領地では、本当にご領主が慕われているんだな」
「イグロストでは、領主様と次官様が慕われるのは当たり前っすね。でもうちは他よりもずっと、ですよ。うちとこのご領主様はなんてったって『迅雷の英傑』っすから、人気も高いんですよ」
ああ、そうか。
神話で読んだことがあったな。
【迅雷魔法】とかいう伝説の魔法を使う英雄だ。
そんな【雷光魔法】よりはるかに強大な『
「ようこそ、セレステへ!」
教会に入るなり、満面の笑顔で迎えてくれたが……なんでこんなに近寄ってくるんだよ?
「司祭様、この方はエデルスの魔法師で、ガイエスさんっす。冬の間、港の警備を引き受けてくれたんすよ」
「おお! そうでしたか! それはそれは、ありがとうございます! セレステ港には貴重な金属を始め、数々の門外不出の技術がございますからね」
判った、判ったから、これ以上近付かないでくれ!
男に抱きつかんばかりに詰め寄られたって嬉しくねぇ!
「ただ、警備にあたってお願いがございます」
すっ、と離れたかと思うと、やたら真面目な声色に変わった。
「不審者や盗人が現れてもできるだけ、傷つけずに捕らえていただければ……と」
穏やかな笑顔で、随分と難しいことを平気で言いやがる司祭だ。
だいたい、盗人なんて殺されたって文句言えないだろうが。
「だーいじょうぶっすよ、司祭様。この人は抜刀している冒険者を、武器も持たずに一撃で転がしちまったんですから」
「……見てたのか?」
「あれを見てなかったら、警備なんて頼みませんよ。それに『エデルスの魔法師』じゃなければ、声もかけませんでしたしね」
「魔法師ってのは、随分と信用されているんだな」
バイスは今までで一番の……胡散臭い笑顔をむける。
「この国の魔法師は、登録した町の組合で全ての魔法情報が管理されてます。たとえ他国の方であっても。ですから、魔法が使われていれば、今、どこにいるかが判ります。罪を犯して逃げたとしても……ね。だから、魔法師は一番信頼できるんすよ」
……なるほど。
どんな魔法を使ったか、どう移動したかなんて痕跡までは把握できないようだが、現在どこにいるかは簡単に探せるってことか。
逃げ出したり、隠れたりしても判っちまうから悪いことはできない……と。
まぁ、する気はねぇが。
「抜け目のないことだ」
「その替わり、魔法師の身分と安全は保証いたします」
司祭にそう言われ、魔石の付いた腕輪を渡された。
「このセレステを守ってくださる方ですから。少しでも御身の助けになりますように」
腕輪に加護が付いてるってことか。
「この国じゃ魔法師ってのは随分と過保護なんだな」
「魔法は神がくださった恩寵、この皇国の
その分、期待され、義務も生じるのだろう。
くれるというなら、もらっておこう。
外せないわけではないし、付けていても違和感や不快感もない。
「この国にいる間は、魔法師として役に立てるといいんだがな」
「ありがとうございます。そのお言葉で充分ですよ」
嘘つけ。
「もういいっすか、司祭様? ガイエスさんが、ビクテム様のご詳録を見たいって言うんで来たんすよ」
司祭の顔がバイスの言葉を聞くなり、晴れやかな笑顔で満たされた。
こいつもご領主様、大好きなのか。
そうでございましたか! と、司祭はいそいそと俺を詳録が掲げられているという聖堂に案内してくれた。
聖堂に掲げられてるって……どんだけ愛されてるんだよ、セームス卿って。
「さぁ、どうぞ! 心ゆくまでご覧ください!」
蒼と錦紗の幕が開けられると、大きな黒水晶の板が現れた。
そこに金文字でセームス卿の全てが書き込まれている。
俺が今見ているものは……真実なのか?
「驚かれるのも無理もございません」
そう言って、したり顔の司祭はこの詳録が開示された経緯を話し出す。
セーラント南のカルース港では、原因不明の汚染で半年以上も不漁が続いていた。
それを調査するためにセーラム卿がカルースを訪れた時に、今まで見たこともないような巨大な魔魚が港近くに現れ、今にも上陸せんばかりの距離まで迫った。
その前に唯ひとり敢然と立ちふさがり、【迅雷魔法】を放ったセームス卿の勇気ある姿に神がお力を貸して一撃で魔魚を仕留め屠った。
神はその姿を虹彩の中に映しだし、セームス卿に『海は甦る』とお告げになった。
そしてそれが皇王陛下の知るところとなり、褒賞授与の式典が催された際に全ての情報が開示された……ということだ。
……まるっきり『神話』のような話だ。
「わたくしはカルースでの一部始終を、この目で見ておりました。あの時の迅雷の閃き、その後浄化された海の金色の輝き、どれもまさしく『迅雷の英傑』の
『英傑の再来』の詳録に示されている、信じられないような強大且つ希少な魔法の数々。
その飛び抜けて高い段位、そして御伽噺だと思い込んでいた【迅雷魔法】の実在。
それだけじゃない。
なんなんだ、あの魔力は!
三万を軽く越える魔力なんて、あり得るのか?
「これ……本当に全てこの通りなのか?」
「はい。この国の最高位である、皇城の大聖堂にて公開されたものでございますので」
「神斎術……?」
「あ、ガイエスさん、まだ神典の第一巻読んでないんすね? それに書かれている最高位の魔法が『神斎術』なんすよ」
ははは……こりゃ、比べるとか参考にするなんていうことのできるもんじゃねぇな。
全く違う生き物だ。
イグロストの大貴族ってのは、こういう存在なのか。
この広大な国を全ての外敵から守る魔法ってのも……これならば頷ける。
あれ?
名前の所に……『聖称』?
「セームス卿は御開示の時に陛下や神司祭様方の目の前で、神から『聖称』という眷属としての御名を授かっているのです」
「空欄なのは、どうしてだ?」
「どうしても、何をやっても、我々にはその御名を書き記すことができないのです」
司祭様がしゅん、と肩を落とす。
書くことも、彫ることもできないという『聖称』。
「その音の通りに記載しても……ほら、消えてしまうのですよ」
司祭が机にあった羊皮紙に聖称を書き記そうとするが、何度書いてもすぐに完全に消えてしまう。
俺の目の前で起こっていることなのに、全然信じられない。
なんにしても、この国には本物の英傑がいる。
神の域に達する魔法がある。
きっと……それに準ずるような方陣も存在しているに違いない。
ガエスタではあり得ないとあざ笑われていた『神聖陣』という神域の魔法が使えるという方陣が、きっとこの国にならあるのではないだろうか。
いつか、それを手にしてみたい……!
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