第36話 リグナ

 乗合馬車から降りて、俺はバイスと同じ宿を取るために馬車の着いた広場の南側へと回った。

 セレステ行きの次の馬車は、明日の昼前に広場南側から出るというから。


 宿代だけでなく、馬車代までバイスが出してくれるというので甘えることにした。

 そして、バイスは魔法師組合に依頼を受けてもらったことを申告するというので同行する。

 他国在籍の俺は『指名』を受けられないので、申請された依頼をその場で紹介された、という形にするためだ。


 魔法師組合は……割と閑散としている。

 俺は冒険者組合のように依頼が張り出され、受けたい案件を受付に持っていくのかと思っていたがどうも違うようだ。


「ええ、イグロストでは魔法師のご登録いただいたら、その魔法や技能に相応しい内容と報酬が用意できる仕事を、こちらからご依頼に上がるのですよ」

 受付の色っぽい美人が、にっこりと微笑みながら説明してくれる。

「やりたい、と言われたとしても使える魔法によってはご依頼通りにできないことがございますし、魔法の失敗は命に関わることがございますから」


 それだけでなく、依頼者は使用魔法を指定できない。

 依頼者自身が、その魔法がどういうものかをきちんと理解していることが少ないからだそうだ。

 まぁ、依頼するってことは、それができる魔法を持っていないってことだからよく知らないのは当然だよな。

 やって欲しい内容に、指定された魔法が相応しくない場合などもあるだろうし。


「同じ魔法を使った同じ効果の結果であっても、魔法師の等級によって価格が変わりますし、仕上がりや効果期間が変わります。ですから、人柄と能力で見合った仕事を組合が選ぶのです」


 ……それって、組合に嫌われたら仕事が回ってこないってことじゃ?

「ふふふっ、そういうご心配はご尤もですね。でも、そんなことをして魔法師を差別したりしたら、組合を追放されるだけではない罰則がございますので、いつでも誠意を持って適切にご紹介しております」


 そうか、組合事務所の者より魔法師の方が身分的に上だから、もし不当に仕事を干されたなんてことを訴えられたら組合の方が負けるのか。

 なるほどエデルスの『女将さんくみあいちょう』に、でかい態度に出ちゃ駄目だよ、と釘を刺された意味が判った。

 魔法師ってのは、それほど上の身分ってことだ。



 手続きを全て終え、俺は正式にセレステで護衛として来年の春、新月しんつき始めくらいまでの三ヶ月間ほど雇われることとなった。

 ここで金を貯めておけば、ストレステに行ってすぐに迷宮に入る順番が回ってこなくても何とかなるだろう。

 人気の迷宮は冒険者としての実績がある者からの優先になると言うし、迷宮に入れない場合の依頼なんておそらくたいして稼げないものばかりだろうから。


 正直、イグロストに着いてからのたった十日程で、俺の三年間の冒険者生活より稼げている。

 金が欲しいだけなら、多分このままイグロストで魔法師としてやっていく方がいいのだろう。

 しかし、やっぱり俺は『冒険者』でいたい。



 その夜、俺は部屋で片眼鏡を『鑑定眼鏡』にする加工を済ませてしまうことにした。

 硝子を外し、内側に三枚の薄い硝子を嵌められるように加工する。

 一枚ずつに『水性鑑定』『身体鑑定』『土類鑑定』の方陣を写し、嵌め込むと外見はなんてことのない片眼鏡のままだ。

 おっと、ちゃんと『強化の方陣』も書いておかないとな。


 眼窩だけで支えるのではなく、弦を使って耳で固定する。

 目と硝子が近くない方が、鑑定しやすいからだ。

 そして硝子部分を可動式にし、上方へずらせるようにしておく。


 できあがった片眼鏡を着け、早速部屋に置かれている水入れの中を診てみる。

『飲料水・柑橘果汁入り』

 ……なんだと?

 果汁が入っている水?

 なんて贅沢品が置かれているんだ、この宿は!

 旨いし!


 結構、高級な宿なんじゃねぇのか?

 いいのか?

 こんな宿の代金まで払ってもらっちまって!

 もの凄くこき使われたりするんじゃないのかっ?


 どうしよう、俺、どんどん贅沢になっていってしまうんじゃないだろうか……

 生まれて初めて泊まるような高級宿にドキドキしつつ、それでもなんとか眠りについた。

 寝床が気持ちいい柔らかさだ……



 翌朝、ここの朝食もなんて充実しているんだ……と感激しつつ、厚切りの鶏肉を頬張る。

 そんな高級宿に満足しきっている俺に、バイスが耳打ちしてくる。

「すいませんね、いつも泊まる宿が取れなくって、ちょっと安めになっちまって。寝床、硬くなかったっすか?」


 人生で一番柔らかくて、ふわんふわんの寝床だったのだがっ?

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